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「…すみません」 真緒は、いたたまれずにそう謝罪した。 「どうやらその…わたしは契約者の条件に当てはまる女ではないようで」 「そなたのせいでは…」 ついに神様は、視線を落として口ごもった。 いままではショックを受けながらも粛々と契約を進めようとしていたのに、ここに来て真緒が相応しくないときたらそれは口ごもりたくもなるだろう。 清廉潔白な契約者を望む気持ちは、真緒にもわかる。 自分達の血筋の人間以外のものをその座に置いてやるのだとしたら、やはりそれなりの条件は必要だ。 そしてこの場にやってきた真緒は、残念ながら高潔な人格者でも優秀な人物でもなく、更に言うならば上手く自分を偽って周囲に溶け込むこともできずに惨めにドロップアウトしてきたという、紛れもない落伍者だった。 そもそもの話、こんな真緒が契約者たる条件に当てはまるはずがなかったのだ。 真緒は情けないような、申し訳ないような気持ちのまま続けた。 「いいところがないというか…いい人間でなくて、大変申し訳ないと言いますか…」 「いや、そなたは優しいではないか。出逢ったばかりの私の話を真剣に聞いて」 「あっ…はい」 優しそうでいいねってやつでしょ。 それ他に褒めどころがないときの常套句ですよ。 しかしそんな事を言っても仕方がない。 神ならば下らぬ嘘はつかないだろうから、きっとこれは言葉の通り、フツユの発見した真緒の美点ということだろう。 そう信じることにした真緒は、諦めの満ちた顔でへなりと笑った。 「ありがとうございます、いいところを見つけてくださって」 こうなってくると、もう真緒の新居の崩壊は確定だ。 むしろ真緒の人となりの悪さがフツユのずっと守護してきた屋敷を崩すという、そういった状況になるだろう。 申し訳ないどころじゃない。 守護してきた一族はいつのまにかいなくなっていて、しかも真緒のせいで家まで失うなんて神でなくとも悲惨すぎる。 真緒でない清廉潔白な誰かを早急に連れてくればこの屋敷は存続できるのではないか。 数少ない友人を思い出してみても該当する人物はいないような気がするが、とにかく当たってみるしかない。 そう決めて真緒はようやく視線を上げ、ずっと黙ったままのフツユに声をかけた。 「あの、できるだけ早く他の誰かを、契約できそうな人を連れてきます。そうしたらフツユさまのお屋敷は崩れなくて済みます…よね?」 「…他の誰かを?」 「はい、最初の方のはだめでも、5条件のうち3つを満たせる人くらいならなんとかできるかもしれないので」 人里離れた屋敷でひとり心を癒そうという計画は変更せざるをえないだろうが、この顔の良い神様の家を崩してしまうよりはずっとましだ。 もう使うことはないだろうと思っていたが、スマホの連絡帳を白紙にしなくてよかった。 早速電波の届く場所まで行かなくてはなるまい、と真緒は噴霧器を肩にかけなおすのだが。 そこで、フツユはぼそりと呟いた。 「私は、そなたのような者がいい」 「…はい?」 何の話をしている。 咄嗟に判断できなくて、真緒は正面からフツユに視線を向けた。 「徹頭徹尾、清いままでいられる人間などいない。現にこれを定めた皆守は契約を破り、金儲けに走って失敗しこの家を捨てた」 「そう、ですが」 「そなただって逃げることはできたはずだ。だがそれをせずに真面目に話を聞いて、自分に無理なら契約者を探してくるとまで言うそなたの心には、あたたかな思いやりがあるとわたしは思う」 それは、単に住む家をなくしたくないという下心があったからに過ぎない。 自分のせいでという罪悪感を薄めようとする卑屈さとか、とにかく真っ白な気持ちでやったことなどひつともなかった。 けれどこの神様は、そんな真緒の綺麗なところを見つけてくれているのだろう。 全て純粋でなくても、清廉潔白でなくても、卑屈と打算のなかにだってまっさらな部分があるのだと。 「契約をするのならそなたがいい。適当な慰めを真に受けて礼を言うそなたが、わたしは好きだよ」 あ、やっぱりあの優しそうでいいねっていうの適当な慰めだったんだ。 それでも真緒は、フツユの言葉が嬉しかった。 体よく真緒を使うことしか考えない人たちに耳障りのいい言葉で認められるよりも、このいまだ得体のしれない神様に好きだと言われたほうがずっと嬉しかったのだ。  やだな、こんなところでちょっと心が癒やされてる。 真緒は居た堪れないような、そのくせ離れ難いような落ち着かない気持ちで、ありがとうございますと呟いた。 「そなたのよいところをまた見つけた」 「いいところ…って」 フツユはなんの前触れもなく、美しい指先で真緒の耳に軽く触れた。 微笑む顔が怖いくらいに格好いい。 こんな綺麗な神様を眠らせてたまにしか起こさないなんて、皆守の人々って色々と、本当にセンスがない。 ぼんやりとそんな事を考えながら、真緒はただフツユの藍色の瞳を見つめた。 「照れると耳が赤くなるのだね。面白い、好ましくもある」 「こっ…このまし…!」 「はは、良いな、これが楽しいということか」 「へっ?」 「そなたのよいところをもっとたくさん見つけたくなった、ということだ」 もう皆守の者たちはいない、そう言ったフツユは晴れやかに宣言した。 「わたしはわたしが好むものだけを守護する」 本来神とはそういうものだろう? 口元をゆるりと弛めて、笑みの形に目を軽く細める。 たったそれだけの表情でここまで心を打つのだ、なるほど神とは尊い存在なのだと、そこで初めて真緒は納得する。 これから先、このとんでもなく顔の良い神様が真緒のいいところをたくさんみつけてくれるのなら、荒みきった心はもちろんのこと癒やされていくだろう。 これは要するに、田舎で心を癒やすという計画に何ら変更はないということなのでは。 フツユの美しい顔を眺めながら、真緒は現金にもそんなことを考えたのだった。
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