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 夜、ひと気のない小さな公園。  茂みの暗がりに向かって、私は「リク、リク」と呼びかけた。  すると、「ワンワン」と言いながら、ちょっとぽっちゃりしたリクが這い出てきて、ねだるような目で私を見上げた。 「ご飯持ってきたよ」  私はリクに駆け寄り、そばにしゃがみ込む。  待て待て、と言いながら、「リク♡」と書かれた古い皿を土の上に置いて、ドッグフードを入れた。カラカラカラという小気味よい音が公園の静寂を打つ。 「よし。食べていいよ」  リクは嬉しそうにお皿に顔をつけて晩ご飯をむさぼった。 「こら、食べ方が汚い。お皿からこぼれてるじゃない」  怒られたリクはしゅんとして、こぼれたドッグフードを手でお皿に戻し、今度はゆっくりとこぼさないように食べ始めた。  私、賢い犬って好き。  幼い頃からずっと、犬を飼ってみたいと思っていた。だけど両親が厳しくて、許してもらえなかった。高校生になった今も、それらは変わらない。  リクとは一週間ほど前に出会った。  私が昔、飼いたいと思っていた理想の犬とはだいぶ違うし、ちょっとブサイクだと思ったこともあるけれど、従順だし、普通の犬と比べればかなり賢いし、一緒にいるとそれなりに暇つぶしになる。 「ワンッ」とリクが言った。お皿を空っぽにして、私を見上げている。 「まだほしいの? もうないよ」  私は空っぽのドッグフードの袋をポイッと捨てる。  リクはがっかりしたように地面にべたりとうずくまった。  体をなでなでして励ましてあげようかと思ったけど、リクはちょっと汚れていて不潔そうだし、臭いも気になったから、やっぱりなでなではお預けにした。  ごめんね。 「よーし、お散歩するよ」  私はリクの赤い首輪にリードをつけて、広くない公園の中をぐるぐると歩かせた。  この公園は閑静な住宅街にあり、夜はひっそりとして、他人に見られることはめったにない。だから、いけないことをしている私にとっては、都合がいいのだ。  リクはのろのろと手足を動かして、ぽっちゃりした体を引きずるように歩いている。その姿はお世辞にもスマートとは言えないので、私はつい呆れてため息を吐く。  散歩もたまにならいいけど、毎日は面倒だな。  一週間、リクを飼ってみたけれど、犬を飼うのって想像していたよりも大変だなと思った。  私の性格的にたぶんそのうち飽きちゃう。  そんなことを考えていたら、いきなり女性の甲高い悲鳴が静寂を破った。  中年のおばさんが、やつれて引きつった顔でこっちに駆けてくる。  やばっ、見つかっちゃった! 「リクオ! 何してるのそんな格好で!」  私はリクのリードから手を放し、身をひるがえして公園の反対側の出口から逃げた。  おばさんは追っては来なかった。 「こんなところに犬みたいに這いつくばって、いったいどうしたっていうのよ! ああもう、リクオ、どうしたら……」  私は公園に戻って、茂みの暗がりに身を隠し、おばさんがリクのそばに膝を突いて泣きながらおろおろしているのを眺めた。  やがてリクは二本足で立ち上がったが、体調が悪いらしく、おばさんに肩を借りてよろよろと歩き、二人でどこかへ行ってしまった。 「あーあ、盗られちゃった」  私は暗がりから出て、ちょっと残念な気分で二人が去っていったほうを見つめた。  公園の弱々しい外灯が、私のぼんやりした影を細長く伸ばしている。 「まあいいや。他の犬でも」 おわり
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