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おじさんは、入ってきたのがわたしだとわかると、にっこりと微笑んだ。
「ああ、千波美ちゃん、こんばんは。何だい? 直に用かい?」
「用ってほどじゃないんだけど、ちょっと伝えたいことがあって――」
「あいつ、今、修学旅行のカメラマン引き受けてて、帰ってくるのは明後日なんだよ。急ぎのことなら、スマホで連絡してやってくれるかな? 連絡先、わかるだろう?」
「ああ……、そういうことなら、そうします。直ったら、けっこう忙しいんですね?」
「うん。この頃はさ、何か思うところがあったようで、いろいろと伝手を頼りに、自分で仕事をとってくるんだよ。なかなか評判がいいようで、最近は定期的に出張に行ってる感じだね」
「へえ――」
知らなかった。ほぼほぼ毎日、カウンターで暇そうにコーヒー飲んでいるんだと思ってた。資金援助なんかしてやる必要はなかったのか――。
なんかあったのかな? あの昼行灯が、仕事熱心になるなんて――。
おじさんにも、直の写真のおかげで、今度こそ見合いができそうだと話しておいた。店を出てから、おじさんにとっては傷口に塩を塗られた感じかなと思って、自分の粗忽さをちょっと反省した。
家に帰り、寝る前に、直に連絡を入れることにした。
<出張ご苦労!
ついに見合い成立!
写真、ありがとね!>
これでよし。返信なんて見ない。どうせあいつは、関心ないんだろうし――。
おかしな返信が来たら、どうやって言い負かしてやろうかと悩んで、一晩中眠れなくなりそうだ。今夜はもう、ただただ幸福な気持ちで眠りにつきたい。
おやすみ、直――。
翌朝、洗顔や身支度をすませ、いつものように朝食の前にスマホを見る。
直から、夜中に連絡が来ていた。そんな時間まで働いていた? ないな、どこかへ飲みにでも行っていたんだろう。
<おめでとう>
たったそれだけ――。まあ、そんなものかもしれない。それ以上欲しい言葉もない。
スマホをバッグへ放り込み、それを持ってキッチンへ向かう。
いつもと変わらぬ一日が、いつもと同じように始まった――。
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