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敗戦責任者は、ゆったりとコーヒーなんぞ飲んでいた。
わたしが、涙を風に飛ばし、必死で自転車をこいできたというのに! 嘘だけど。
「おかえり、チナ! いいねえ、定時帰りができる公務員は!」
「はっ! 営業努力をしない自営業者ほどは暇じゃないよ!」
わたしの嫌味と手にした封筒から状況を察したらしい敗戦責任者は、ちょっと真顔になり、手にしていたマグをカウンターに置いた。
「直、これ始末しといて! データもね! 『店頭に飾ろう』とかおじさんは言ってたけど、やめておいて良かったわ。見合いを断られる見合い写真なんか飾ってたら、この店はますます閑古鳥が鳴いちゃうものね!」
「いい写真だったのになあ――。見る目がないヤツがいるもんだね。今どき、本人とうり二つの見合い写真なんて超稀少なのにさ! 痛っ!」
わたしは、三つ年下の弟分を、見合い写真で思い切りはたいた。
これまでの四回は、直の父親である剛おじさんが撮影してくれた。
四回とも見合いにまでいたらなかったので、おじさんはすっかり気落ちし、五回目は直に撮影を任せた。
直は、学生時代には何とかいう写真のコンテストで入賞したことがあった。写真家を目指す道もあったらしいのだが、どういうわけか実家の写真館を手伝っている。
直の撮った写真は、いわゆる一般的なお見合い写真とは少し違ったが、なかなかいい写真だったとわたしは思っている。
だけど、見合いを断られたのだから、見合い写真としては失格だ。
「悪いけど、次は隣町のフォトスタジオに頼むことにする」
「えっ? まだ、お見合い続けるんだ?」
「当たり前よ! まだ一度もお見合いしてないのに、ここでやめるわけにはいかないよ。世の中には、何十回もしている人もいるっていうのに――」
「それ、競うことじゃないから! まあ、あと一回ぐらいは俺に撮らせてよ。親父だって四回チャレンジしたんだから、俺にもそのぐらいのチャンスは与えてもらってもいいよね?」
「それ、目標にすることじゃないから! しかたない。資金援助ということで、もう一回だけ注文してあげる。その代わり最高の一枚を仕上げてよ!」
「毎度、ありがとうございま~す!」
次のお見合いのあてはなかったけれど、直にそれを言うのも癪なので、とりあえず撮影の約束だけしておくことにした。
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