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③裏庭のマーガレットの花壇の横っちょで。
わたしは、上履きのまま、スカートのひざを折って座り込んだ。
視線の先には、小さなアリたちがなにやら餌を運んでいる。
それを見下ろして、大きなため息を吐いた。
七々恵(ななえ)ちゃんは習い事のスイミングスクールのバスに揺られてる頃だし、麻由里(まゆり)ちゃんも今日はナントカのロケだからって、四時間目の途中で早退していった。
さすがにシクシクエンエン泣くほどではない。
しかし、呼び出されたからといって、まっすぐ音楽室に向かえるほど、気楽でもなくて。
しばらくアリたちの働きっぷりを眺めて、もう一度、肩で息を吐いて、立ち上がった。
(せめて放送でも呼び出し食らう前に行かないと)と思った時だった。
「ミヨシ、さん?」
何の気もなしに、はい、と振り返って、思わず目を見開いた。
わたしに近づいてくる、一人の女子。
制服の上にピンク色のふわふわのストールを巻いた麗しい……。
(え、えっ?!)
てか、ちかい!めっちゃきれい!!なんかあまいにおいする!!!
わたしが脳内でわたわたしていると、彼女は、もう一度、『ミヨシさんよね?』と。
「は、はいっ!三好咲子(みよししょうこ)ですっ」
わたしの名乗りに、彼女はふわっと笑んだ。
か、かわい…!!
「初めまして、かな? 私、鈴本美芳(すずもとみよし)です。」
「は、はいっ」
『トーゼン存じておりますともォ!!!!』とは流石に言えなかった。
おんなじミヨシって名前が付く、超有名人。彼女のその姿を見るだけで、わたしは一人で勝手に親近感と誇らしさを感じていたから。
だからもちろん、知ってるどころか……勢いあまっての隠れファンです!!!!
なんて言える訳がなく。『えと、えとっ……』なんて、わたしらしくもなく恥じらってしまう。
そんなある意味で挙動不審なわたしをどう思ったのか。
彼女は、ただ、音が付きそうなほどにっこりと笑うと。おもむろに制服のポケットから、手のひらに乗るくらいの大きさの……包み紙に包まれたお菓子を取り出した。
「私が作ったの。生キャラメル」
「は、」
「お近づきのしるしにどうぞ」
「は、……」
なるほ?!!さっきから感じてた甘い匂いはそれでしたか?!!
しかも手作り……なんて心躍るシチュエーションなんざましょう!!!!
わたしは楚々とした美少女よろしく…内心ではほっぺたがニヤケで落っこちんばかりのだらしない顔で受け取ろうとして、直後流れてきた音に身を固くした。
校内放送……。
…同時に。
脳裏で、あの怒れるオツボネが。
『センセイのお説教の前にお菓子ですって?!いい度胸ネェ』とどういじめてやろうかと舌なめずりする顔が浮かんで、背筋に震えが走った。
「……っ……」
わたしは、伸ばしかけた手を引っ込めて、ば、と全身で頭を下げた。
そして、向こうが言葉を取り戻す前に駆けだした。
「あ、」と不意を突かれた鈴本さんのかわいい声に、わたしは、走るスピードを早める。
……どこへって? そんなの決まっている……。
だから、わたしは知らなかった。
物陰から出てきた坊主頭のイケメン君と、ピンクのストールの彼女が、とても渋い顔で、顔を見合わせていたことを。
「今の放送……」
「……音楽室?」
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