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④しつれいします、と無駄に声を張り上げたわたしに、『遅い』の一言で黙らせた田村先生は、イライラと教鞭で自分の手のひらを叩きながら、わたしをねめつけた。
「授業が終わったらすぐ来るように、と伝えたはずだけど?」
「…すみません」
「返事だけは一人前ねぇ」
「すみません」
一点を見つめたままのわたしの顎に、彼女の手が教鞭の先を突きつけて無理やり持ち上げる。
そのまま、ぴたぴた、と頬を軽く叩いて、無理にでも自分と視線を合わせようとする態度に、わたしはただ、感情のこもらないままの目を向ける。
「さすが、三好咲子(みよししょうこ)さんねぇ」
「…」
「…本当によく似てる。血は争えないのかしら?ふふふ…」
彼女の目は、いつも、わたしを通り越して、母を見ている。
わたしのお母さん。現PTA会長で、……その昔、この目の前の女性を集団でいじめたあげく、その彼氏を寝取ってうまれてきたのがわたしらしい。
去年、彼女が副担任だった時、こんな風にわたしを呼び出して語った話で、どこまで本当の話かは知らない。
どうして確かめないのって?…本当の話だったら?
それこそわたしは、どうやって息をしていけばいいかわからなくなるからだ。
父も母も、目の前の女性も。そして何より、自分という人間の人生を、どう扱えばいいかわからなくなる。
センセイはいつも、目に見える暴力や、暴言は残さない。
ただ、時々、難癖をつけて、こんな風にわたしを呼び出しては。
自分をいじめていた主犯の女の話や、彼氏だった男の話、そして……。
「」
いいかげんにしてくれ。
喉元まで出そうになる言葉は、いつも誰にも届かない。
この世界は、生きる、という義務を背負いすぎていて……。
もう、「おねがい」「たすけて」なんて言葉、思い出す暇があったら、涙をこぼさないように、震える声が出ないように、感情をただ殺して耐えるしかなかった。
わたしはなんのためにいきているのか。
この女に拉致られると、いつもその迷路に迷って、答えを見つけられない。
ぴり、と頬に痛みが走って我に返る。
はし、と瞬いた瞬間、強烈な平手が二回、三回と続いた。
そして吐き捨てるかのように田村女史は呟く。
「もう飽きたわ、うんざりよ」
わたしは、ジンジンと痛みを訴える頬を抑えて、ゆっくりと顔を上げた。
あきたの?
おわった……?
もう、いいの?……
びっくりするくらい、きれいな笑みを浮かべて、田村千景(たむらちかげ)嬢は言った。
「あの人がわたしにやって来たことを、ありのままに告発します、勿論写真も添えて」
「……え?」
張られた頬の痛みが、じいんじいんと響く。
…こくはつ?
それって……それってされたらどうなるの…?
おかあさんは?おとうさんは?……わたしは……?
わたしは膝から崩れ落ちたらしかった。
頭の中で、『いままでなんのために?』って単語が全ての力を根こそぎ奪っていく。
「【おもちゃ】にも飽きたし、ユメだかキボウだか、今の仕事もうんざりよ!だったら、貰えるもん貰って、その金で人生買い戻してやるんだから!!」
もう何言われてるのか、何言ってるのかも、どうでもいい。
「そして、……このガキの『若さ』も貰ってしまえば……」
わたしは、伸びてくる手に、いつも通り抗うこともせず……
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