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――でも、その思い出を今の状況と一緒にするのは変ですよね。
だって、その時は彼は私をペンキから守るのに必死で、そこに邪な考えなんてものはなかったのですから。今目の前で、雄の匂いを体中から発しながら私の身体を舐めまわすように見る獣とは、大違いなのですから。
「やべ……エっロ」
「開けただけなのに?」
「着やせタイプなのな。胸、何カップ?」
「D」
「最高かよ」
下着の上から、彼の手が私の胸に触れる。
最初は指先で形をなぞって、それから、包むように。
別の手は、私のワイドパンツをまくりあげていました。ヒラヒラとして大きさにゆとりのあるズボンだったこともあり、簡単にお尻付近までまくることが出来ていました。下着に触れる指先を感じながら、そうえいばそこそこおしゃれするためにと、形から入る私は下着もお洒落なものにしたなと思い出しました。旦那とする時の勝負下着ではなく、女友達と遊ぶ時用のお洒落用。それが、今、彼の前で露わになりました。
何故か、私は、震えました。
自分でもよくわからないくらい、手指の先が震えたのです。
「やべ、もうきつい」
苦しそうに息を漏らしながら、大智君がズボンを脱ぎ棄てました。
露わになる彼の全てに、私はぎゅっと目を閉じました。
「目、開けて」
「無理」
「今更止まれとか、俺も無理」
「じゃあ、閉じさせて」
「……まぁ、いいや」
ハァ、と、言葉として聞こえるくらいに彼の息遣いが荒くなりました。そして、私は少し硬いベッドの上に背中を打ちつけました。この表現が恐らくあっていると感じるくらいに、強く、押し倒されました。痛くて、悲しくて、私は涙が零れるのを感じました。
「可愛い……」
きつく閉じた目頭から伝う涙を舐められる感覚がありました。そのまま大智君は、味わうように目元を口づけます。お洒落のつもりしかなかったから、私の目元はメイクのアイシャドーだらけです。舐めるのには絶対適していないし、身体にも悪いことでしょう。だけど彼はそれを美味しいキャンディかのようにじっくりと舐めて、そして、私の震える瞼にも口づけます。その温もりは愛しさが籠っていました。
「本当はあかんことやって俺もわかってる。でも、やっぱ、両想いだったら……一回はしたいやん」
「それは、多分、普通に、最低」
「わかってる。けど、もし、高校時代、お互いの思いがわかってたら……してたやろ?」
それには、私は否定をしきれませんでした。ただ、ずっと、胸がざわざわしていて、言葉が上手く紡げなかったのです。私は、覆いかぶさってくる彼の胸板を思わず強く押しました。やっぱりだめ、と言いたかったのです。だけど、それは、言葉にすることなんて出来ませんでした。妙に、呂律が回らないのです。
「これ自体を過去の思い出にして、またいつも通りに戻ろう」
いつも通りに。
本当に、戻れるなら。
なら、一回だけなら――
今までの楽しい思い出を大切にしたい私は、押している力を弱めてしまいました。彼は、それを、私の一瞬の迷いを、OK、と、捉えたのでしょう。
「ありがとう」
彼が私の服を脱がせました。半ば強引でしたが、私が身を捩ったので破れずにはすみました。下着だけになってしまった私は、急に羞恥心が押し寄せました。身体が震えて、目も開けられなくて、口元にぎゅっと握りしめた拳を当てました。
この時、私は自分の感情を理解しました。
恐怖、だと
「あ、やだ」
「もうダメ」
下着もずらされて、私はまた涙を流しました。
どうして私はここに入ってしまったのだろう。
それまでの記憶がどうしてないのだろう。
ああそうだ、みかん酒はアルコールが強いのに一気に飲んでしまったからだ。
でもそれだけで、思考が上手く働かないくらい、ここまでの記憶が残らないくらいにまでなってしまうのでしょうか?
怖い。
確かに私は大智君を好きだった。
でもそれは過去。
今大好きなのは、旦那で、家族で。
私に覆いかぶさる人は、ただ、ただ、
ただの、大事な、友達で――
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