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「アハ……アハハ……」
彼と飲んだのは、何回目だったでしょうか。いや、もう、数えるのを辞めたぐらいになるほど飲んだから、きっと、彼は行動に移したのでしょう。慣れないことに直面するとついつい飲み物を飲んでしまう私の癖を見抜くほど、一緒に時間を共にしたから。
「フフ……アハハハハハ!」
私は、馬鹿みたいに涙を流しながら、3階へと点滅するエレベーターを見上げ声を上げ笑いました。
いつ、やられたのでしょう。
そういえば、最後のみかん酒は味がしなかったし、心なしか苦かった。彼の手がグラスから近かったような気もします。でも、味は緊張のせいだと思いましたし、味わう余裕もその時にはありませんでした。手だって、私が変に意識してしまったからそう覚えてしまっているだけかもしれません。
だから、そう。
全て、私の油断のせい。
私が、悪いのだ。
私が悪いからこんなことになったのだ。
「バーカ!アハハ!子持ちが男女で飲んじゃダメなんだよ!子持ち同士でも!アハハハハ!」
子どもがいるなら。
旦那がいるなら。
家庭を持っているなら。
例え仲のいい友達であろうが、男女が二人で飲み歩いてはいけない。
世間一般のこの思考は間違っていないのだ。
私の感覚が間違っているのだ。
仲のいい友達とであれば、男女関係なく、人数関係なく、飲んでもいいなんて都合のいい甘い考えは。
「アハハハ!……ハハ……あーあ……」
例えその関係を伴侶同士が許してくれようとも。
理解してくれようとも。
男女である限り、ダメなのだ。
「……ハァ」
私は涙を拭いました。少し枯れた声を元に戻すように、常に持ち歩いているミネラルウォーターをカバンから取り出して潤しました。そして、咳を一つして。
私は、感情の表を封じました。
「悪女って、どんな感じかしらね」
ポン、とエレベーターが鳴り、扉が開く。
私はその扉が開ききってから、一歩踏み出しました。
背筋を伸ばし、前を見据え、堂々と。
こうなったからには私は覚悟を決めます。
家族を。
家庭を。
自分を守るために。
私は、この事実のせいで旦那を傷つけてしまうだけでなく、彼さえも傷つける悪女になってやりましょう。
そのために、私は翌月の始め。
そろそろ分厚いコートが必要と感じる季節が訪れ始めた頃。
働くことを始めました。
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