5.だから私は、悪い女になりきろうと思います。

3/6
87人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
 ***  一番給料が良くて、近所で、時間の都合がつき、子持ち大歓迎という、私にとって都合のいい条件がそろっていたのは歯科助手でした。出来るだけ男性の少ない職場を選んだ為そうなりましたが、そこの歯科医さんが思ったより見目麗しい人だった為予想以上の女の世界で困りましたが、子持ちで旦那もしっかりいるという後ろ盾と笑顔の仮面を貼り付ければなんとかなりました。  子育てを忙しなくしながら、仕事を何でも引き受けてくれる優しくて温かい女性。笑顔で「全然いいですよ」という言葉が口癖かのように繰り返し、どんな仕事も嫌な顔せず引き受ける。といっても、大体の仕事は治療器具の掃除や整理、膨大なカルテの整頓が殆どで、きちんと丁寧にこなせば苦には感じない仕事です。でも勿論、中には嫌な顔をしたくなるような仕事もありました。それが主に、受付で面倒くさいことを言ってくるお客様の相手です。歯科医院というのは予約が多く、中々空きがありません。忙しい時期では1ヶ月先まで埋まっていることもあります。でも、歯が痛くて仕方なくて早く治してほしいお客様にとっては「知ったこっちゃない」となってしまうのですよね。  どうしてそういった人たちは殆どがおじさんなのでしょうか。おかげさまで、私は入社して1ヶ月で罵詈雑言を3度も浴びることとなりました。  でも、私は笑顔を崩しませんでした。  手指が震えても、呼吸が苦しくなっても。  笑顔の仮面というのは本当に便利です。  どれだけ憤っている人でも、笑顔を浮かべていると段々と勢いが沈み、やがて落ち着いて帰っていかれる。根はいい人が多かったのでしょう。時には、「怒鳴ってすまんかった」と謝る人もおられました。そういった人たちを相手にしても泣きごとや文句も言わず真摯に対応を続ける私に、周りの方たちが私を無碍に扱うということはありませんでした。むしろ、貴重な存在として丁重に扱い、辞めてしまう、ということがないように大事に関わってくださっていたようにも思えます。その分、任される仕事も勿論増え、私は段々と忙しい日々を過ごしていくようになりました。  それと同時に、常に綺麗に保たれていた家は段々と掃除が行き届かなくなっていきました。  脱ぎっぱなしの服、洗濯が終わったばかりの服の山、放置された学校のカバン、私の仕事カバン、保育園の荷物、油汚れが放置されることが増えていくキッチン、洗い物が溜まりっぱなしのシンク、食器が置かれてることが多いテーブル。私自身が汚い虫が嫌いでしたのでゴミだけは放置しないよう、ゴミはきちんと捨て、埃が溜まりすぎないよう掃除機も出来るだけ週2のペースで行っていました。水回りは週1程度でしたが、比較的綺麗さを保っていたように思います。けれど、仕事をし始める前とし始めてからでは雲泥の差と言えるぐらい、私の家はことでしょう。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!