5.だから私は、悪い女になりきろうと思います。

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「ダ、ダメ! それはだめよ! 職場の人に迷惑よ!?」 「どうせ辞めるんだ。迷惑もくそもねぇだろ」 「だから私は辞めるつもりはないんだってさっきから」 「だからだ。俺の言うことを聞かねぇなら勝手にやる」  旦那はそう言って私のスマホを起動しようとしましたが、子どもに悪戯されないよう指紋ロックをしている為すぐの起動は叶いませんでした。それを見てホッとしたのも束の間、すぐに出てきたパスコード画面を見て旦那は手当たり次第に数字を打ち始めます。最初は私の誕生日の逆から。次に旦那の誕生日の逆から。次に子ども。今度は子ども2人の誕生日数を合わせた数を。打ち込んでいく数字を見て、徐々に正解に近づいていると気付いた私は「ねぇ、やめて。お願いだからやめてってば」と旦那の腕を引っ張りました。けれど、少し引っ張る程度では彼の腕はビクともしません。力の差に愕然とした私ですが、ここで諦めてしまってはいけません。私は、仕事を続けなければいけないのです。家族のために。今の幸せを保つために。 「ねぇお願い、やめて。私の話を――」 「うるせぇ!」  しつこく腕を引っ張る私の手が鬱陶しかったのでしょう。そうでなくても、イライラが溜まっていたこともあったのでしょう。  旦那が、勢いよく腕を払いのけました。  力いっぱい振った腕は、肘を曲げながらであったがために私のおでこに強くぶつかりました。その衝撃と勢いに私は手を離し、床に倒れました。背中に走る強い衝撃に私は呻き、すぐに立ち上がれず腰を抑えながらそのまま床で蹲ってしまいました。その間にパスコードを解除した旦那は私の職場に電話をかけていました。 「もしもし。突然のお電話失礼いたします。川崎美愛(かわさきみあ)の夫の川崎隆一郎(かわさきりゅういちろう)と申します。本日お電話させていただきましたのはウチの妻を退職させていただくためでして――」  ああ、電話されてしまった。  これで私は折角手に入れた理想の職場で働くことはもうできないでしょう。  倒れた時に頭を打ちつけたらしく、少々の頭痛を感じる中、私は頭を抱えそのまま床に倒れ込みました。意識が遠のく中、旦那が歯科医の先生に退職の流れを話しているのが聞こえました。その声はよそ行きのためか非常に穏やかで、私はそれにどこか心地よさのようなものを感じながら目を閉じていきました。  ――家族の問題に周りを巻き込んだのは申し訳ない、ですが  手を出してもらえたのならば、こちらのものです。  無関係の人ごめんなさい。  そして、ありがとう旦那様。  私の計画通りに動いてくれて。  意識を閉じた私は、もしかすると、口角を上げて笑っていたのかもしれませんね。
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