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6.さぁ、思い込みとはなんて便利なのでしょう。
仕事を強引に辞めさせられてしまった私は、唯一許されている交友関係である楓さんに事の全てを相談しました。大智君と会うことは辞めさせられることと同時に禁止されており、一旦家族ぐるみの付き合いもなしにしようと言われていたのです。だから、この時に初めて家族ぐるみの付き合いを一旦休憩しようと聞いた楓さんは最初は半信半疑で聞いていましたが、個室の居酒屋に入って私が上着を脱いで背中に残る痣を見せたのと、全ての話を語っている間に私が作った哀愁を帯びた微笑みを見て――私以上に涙を流してくださいました。
「まさかそんな人だったなんて……いつも仲良さそうだったから……まさか、そんなことが起こるなんて……まだ半信半疑よ。でも、その傷……顔の傷も、そうなのでしょ? ……っ辛かったね……話してくれてありがとう。凄く、勇気がいることだったでしょう?」
言葉が詰まり、上手く舌を回せなくて話がちゃんと繋がっていない時ばかりの私の話であったのに、楓さんは、本当に親身になって聞いてくださいました。そして、今、私の気持ちを私以上に理解して涙を流してくださっています。
なんて、心の温かい方なのでしょう。
最初に出会った時から感じていましたが、楓さんは人への思いやりが無限大にある方なのだと改めて実感しました。そして、私以上に家族思いで、まっさらで、純粋な人なのだと。
「今日、隆一郎さんにはなんて言って出たの?」
「楓さんと2人でいつものように飲みながら喋る、て。働きに出ることがなくなった分、家に出る息抜きぐらいは頂戴って言ったら、それは遠慮なく行っていいって、言ってもらえたの」
「だけど、大智との時間はなしだよね?」
「うん……暫く、辞めといてくれって、言われちゃった。俺以外の男と暫く話すなって」
「え……じゃあ、出先で男の店員さんが居た時はどうするの?」
「お会計の時とかだけだから、相槌だけですむし、その辺は大丈夫みたい」
「そっか……いや、でも待って。もしかして、今日、居酒屋を美愛ちゃん家の近所にしてほしいって言うの、もしかして電車に乗れないから……とかじゃないよね?」
「アハハ……当たりです。混み具合によっては、他の男性と密着するから」
「ちょ、それって、束縛じゃない?」
ああ。
楓さんは、どうしてこうも、今の私が欲しい言葉をくれるのでしょう?
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