6.さぁ、思い込みとはなんて便利なのでしょう。

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「ああ、ごめんなさい。まさかそんなに泣いてしまうなんて……でも、本当なの。だから、これだけは知っておいてほしい。私は出来れば、おばあちゃんになるまで美愛ちゃん家族と一緒に笑って過ごしていたいと思ってるってことを」 「……! ……わ……っわた……しもっ……」  私もです、楓さん。  だから私は、こんなことをしているんです。  だから私は、この状況を作ってしまったのです。  ごめんなさい。  ああ、だめだ。  まっさらな言葉と心で来られると、私の仮面は剥がれてしまいます。表の私が顔を覗かせてしまいます。私は裏の仮面をつけることを忘れて泣きじゃくってしまいました。でも、泣きじゃくるだけではいけません。これから私は、一番やらなければならないことがあるのですから。  彼が、もうすぐ来るから。 「楓、入るぞ」  息を切らした男性の声が、閉じられた個室の戸の外側から聞こえました。  その声に私はぐっと息を飲み、涙は流れたまま息を殺しました。私の不可解なその反応に楓さんは驚いた様子がありましたが、一旦それは置いておいたのでしょう。すぐに「うん、入って」と戸の方に声をかけました。  戸が、静かに開きました。  そちらへ視線を向けると、大智君が居ました。 「……っ」  ああ、よかった。  私の身体は。 「ひ……っ」  私は怯えた声を上げ、後ずさりをしました。私の様子に目を見開き凝視してくる大智君を見返しながら、私は楓さんの腕に縋りつきました。身体を震わせるのは、簡単でした。あの過ちを思い出せばいいだけでしたので。  下着の輪郭をなぞる指。  私の腰元を官能的に撫でる大きな掌。  私の服を脱がしながら荒いでいく呼吸。  視界にどうしても入る、ズボン越しからわかる野生の主張。  決して柔らかいとは言い難いベッドに押し付けられ痛みの走る背中―― 「ハァッ、ハァツ」  ああ、ここまで呼吸が苦しくなるのは予想外でした。でも、その方が好都合なので、私は止めませんでした。でもさすがに息が苦しすぎるので、カバンからハンドタオルを出して口元に押し付け、深呼吸を繰り返しました。私は、自分の心が荒れた時、自分の匂いを嗅ぐと落ち着きます。だから、いつも、心が乱れた時は自分の匂いの染み込んだタオルを自分の口に押し付けるのですが――すでに泣いて、乱れ切った私には、無効化だったようです。 「美愛ちゃん!? 美愛ちゃん!」  楓さんの焦る声が聞こえます。必死に背中をさすってくれる手が、とても優しくて温かかったです。細切れになっていく呼吸が、幾分かマシになり、ほんの少しだけ呼吸が楽になりました。 「おいおい、大丈夫か!?」  来て早々私がこんなことになっているのです。大智君が驚くのも無理はないでしょう。心配した様子で近づき、私に腕が伸びてくるのが見えました。  無防備な私をまさぐった手が―― 「いやぁ!」  ああ、しまった。つい、反射的に大智君の手を払いのけてしまいました。思ったより力が入ってしまったせいか、掌がジンと痛みました。これは不自然だったでしょう。でも一度手が出てしまったなら、仕方がありません。私は、泣きながら、息を荒げながら、身体を震わせながら、楓さんの背に隠れるように身を縮めました。私は小柄なわけではないので全く隠れられていませんが、その子どものような仕草は楓さんにとある予感を過らせてくれました。 「美愛ちゃん……まさか……」  大智君は手をはたかれてただひたすらに困惑していましたが、楓さんは先ほど私の話を聞いていたので、私の反応を見て気づいたようです。  私にとって、好都合の方に。
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