1.高校の時に同級生だった私たちは大人になって出会いました。

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「うわ、やっぱり田辺だ」  驚いたような、どこか嬉しそうな空気を含ませた言葉を発して私の方に歩み寄ったのは、彼女たちの傍にいる男性でした。私はパッと男性の顔を見上げました。私より20㎝ほど高い背丈で、旦那さまとは同じくらいでしょうか。私も155cmと標準ぐらいではあるのですが、背が高いスラっとした方だな、と思いながらしっかり顔を見ました。見たことあるような目元に「えっと……」と私が必死に記憶を掘り起こしていますと、彼は「あー、覚えてねぇかぁ」と残念そうに笑いました。その気まずそうな、どこか恥ずかしそうなはにかみ顔に私は思い出の扉から出てきた一人の人物と重なることに気づきました。 「米田(よねだ)……君?」  思い出として大切にしまっていたはずの名前を思わず口にした私に、彼はパッと笑顔になりました。まるで元気に跳ねるポップコーンのような明るい笑顔に、ああ間違いなく彼だ、と懐かしむと共に私もつられて笑っていました。 「……誰?」  私が他人に微笑むのは珍しいことです。故に、旦那は訝しんだのでしょう。不機嫌そうな声が隣から聞こえて私はハッと旦那を見上げました。少し睨むように目を細めて相手の男性を見つめる彼に、私は焦らなくてもいいはずなのに妙な冷汗を背中に流しながら「あのね、高校の同級生なの」と告げました。告げながら、自分の冷汗の意味にすぐに気づいてうしろめたさを感じました。何もやましいことはしていない筈なのですが、こればかりは、思い出の中の幼い私の甘酸っぱい思い出が今の私に少しばかり憑依してしまったからでしょう。 「すみません、急に声をかけてしまって。懐かしくって、つい。田辺美愛(たなべ みあ)さんと同じ高校で、3年間同じクラスだったんですよ。あ、でも、そっか、その、旦那さんがいるってことは、今は田辺じゃないんかな?」  言いながら米田君は困ったように視線をあっちへこっちへと動かしていました。見るからに、『しまった、今声をかけるべきではなかったかもしれない』と今更気づいて動揺している様子がありありと伝わってきました。その姿は過去によく見た姿そのもので、その姿を見ていると私も若返ったかのような、そんな錯覚に心と体がゆっくりと浸かるような感覚がありました。でも、それはほんの一瞬で、すぐに旦那が「ええ、今は川崎です」と穏やかに答えながら私の肩を引き寄せたので、私は物理的に現実へと引き戻されました。 「そっか、今、川崎か。あ、えと、申し遅れましたが、俺、米田大智(よねだだいち)って言います。あの、その、懐かしさでつい声をかけてすみませんでした。ビックリしましたよね」  気まずそうに頭をかきながらはにかむ米田君。彼はいつも、難しい問題に当たった時や、先生に叱られた時、困った時などによくその仕草をしていました。大きな掌で、ボリュームのある明るい茶色がかった髪をがしがしとかく姿は男らしさの中に品位のかけるものがあるけれど、手を動かすたびにおでこの前や耳の上でふわふわと揺れる猫っ毛の髪を見つめるのが私は好きでした。ワックスで固めているのか、今はあまりふわふわとしないけれど、固められていない前髪がちょこっとだけふわんと動くのを見つけた私は自分の頬が思わず緩むのを感じていました。 「いえ、お気になさらず。僕は夫の川崎隆一郎(かわさき りゅういちろう)と言います。そしてこっちが……」
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