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わけも分からず、イライラしていた。
目が見えなくなってしまった老婆のようだ。右も左もわからないから、ただただ手を伸ばし、掴めるものを掴んではひっぱって、ひきずり倒す。力いっぱいひきずり倒す。そして激情のすべてをぶつけるのだ。
“おまえのせいだ。私が苦しんでいるのは全部おまえが悪い”
火の付いた怒りは止まらない。いきばのない感情が噴火する。雪崩のように溶け崩れては、川のように濁流になって、沼のようにドロドロと溶かし殺して、そうして、胸の中がからっぽになるまで永遠につづく。
これは、感情の嘔吐だ。あるいは涙による窒息だ。
ホースをつまらせている目に見えないなにかは、呼吸を阻害する。酸素を奪われて苦しくない人間などいないから、思わず口をぱくぱくさせて煩悶する。とどのつまりは死ぬ前の反射行動にすぎない。壊れる直前の痙攣にすぎない。ただしい人間の理性的な行動ではないから、そこに理屈はなく、そこに知性はなく、そこに正答は存在せず、対処方法も実在しない。できることは、苦痛が去るのを待つことだけだ。
そうやって負の感情を振りまいて、周りを苦しめることは知っている。本当は分かっている。冷静な部分では自分が嫌になっている。いのいちばんに自分を殺してしまいたいと思っている。
だけど、だけど何ひとつとしてうまくいかなくて。
平静さを取り戻せる機会は永久に訪れなくて。
悔やんで苦しんで後悔して、傷つけて反省してまた悔やんで、どんどん自分を嫌いになっていく。いつしか世界に触れたくなくなっていく。何も見ることが嫌になってくる。耳をふさいで聞きたくなくなっていく。拒絶している。ひととの関わりに恐怖を覚えていく。平穏な会話に裏がないかとさぐってしまう。疑うことで、苦しんでしまう。そんな自分を俯瞰して、まるで動物のようだと嘲笑してる。どこまでもどこまでも自分の墓穴を掘って、おまえなどそこで生きたまま腐って死ねと首を締めてしまう。
どこにも、なににも、いつにも救いはなくて。
苦しくて苦しくて苦しくて、わけも分からず涙が滲んで、そんな、そんな時間をただ過ごす。
ただただ穴の底で繰り返す。
そんなふうに、かなしく歪んだこころ。
感情の行き場が、どこにもなくて。
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