『GIFT』彼女は親友

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『GIFT』彼女は親友 この世界は、一見普通でいて、少しだけおかしな世界。魔法も科学もファンタジーもSFも同時に存在する、けれど、やっぱり普通な世界。 あたしも、そんな世界に生まれた、少しだけおかしな存在。でも、やっぱり普通の女の子 ……そう。普通の……。 「スミレちゃん、助けてぇ!チョコレートに食べられちゃうよぉ!!」 ……ああああ、もおおお!!!! あたしの親友である彼女…きりんに圧し掛かる格好の巨大な…ホワイトやらビターやらのまだらになったチョコレートの塊。ほっぺたとか髪の毛とか嫌がる顔とかに着いたそのチョコレートの一部が…どことなくちょびっと卑猥だが、その事実がそれを上回ってあたしの怒りは沸点を軽く飛び超えた。 「あたしのきりんからどきなさいよ、このヘンタイがっっっ!!!!」 話しは数時間前に遡る。 …私立駒癒(こまゆう)学園。 このちょっとハチャメチャで。だけど普通な世界に普通にある、特殊能力者用エスカレーター式の教育一貫校。そこの、中学二年生をやってるあたし、春日井スミレ(かすがいすみれ)は、同じくその親友である、奥薗きりん(おくぞのきりん)に呼び出されていた。 「で?どうしたの。きりん?」 「スミレちゃん、あのね…。」 このカフェの一番人気である、マシュマロ入りココアのカップを手で包み込んで口ごもりながら。ほんのりと頬を染める親友は、大変愛らしい。 かわいい。かわいいわぁ、きりん!周囲の目がなければ、この場で抱きしめてそのほっぺに…って、おっと。そういうわけにはいかない。 それにあたしは知っている。彼女のこの表情を引き出す、忌々し…いや、唯一の存在を。 「もうすぐバレンタインでしょ?だから、その…ひめくんに、……ちょ、チョコレートをあげたくて!」 だと思ったわよ……と思わず内心で舌打ちする。 清水の舞台から飛び降りるかのごとく勇気を振り絞ったであろうきりんはいい。 その頑張り、いじらしさに、賞賛の嵐が止まらないのは避けられない。……だけどね? 「星依(ほしより)くんかー(棒読み)」 「う、うん……彼氏さん、だし……」 星依 秘(ほしよりひめる)。 現状、きりんの彼氏に収まっている害獣。あたしがソレの具体的名称を上げたとたん。さらに恥じらいを重ねて頷く親友。 どこぞのダレカサンへの殺意が累乗していくのを貼り付けた笑顔の下で感じながら。あたしはついでにバレンタインとかいう行事にも、心の中で中指を立てておくことにする。 しかし、だ。 「いいんじゃない?どこで買うの?」 社交辞令的に続けながら、ふと気づく。…ん?もしかしてこの流れ… 「え?」 「…えっ?」 不思議そうにこちらを見つめるきりんに、あたしの心音が独りでに早くなる。 それは『ときめきの予感♡』なんかではない。……純然たる嫌な予感からである。 「あの、まさか……」 あたしの最愛の親友はとびっきりの笑顔でうなずいた。 「これからチョコ作って今度渡そうと思って!スミレちゃん、協力してくれる…よね…?」 小首をかしげてのちょっとだけ上目遣いの破壊力たるや。あたしはそっと心の中で辞世の句を読みつつ、『対親友用の最上の笑顔』で了承の返事を返していた。 お父様、お母様、お兄様。そしてたくさんのマリモちゃん達。 寮入りする際に実家に残してきた皆様。あたし、今日でこの世とお別れかもしれません……。 この学園に存在するモノは、人・機械・動物・物質などにおいても、どこか少しおかしなモノだ。 それはもちろんあたし達生徒でもそうで、魔法に秀でていたり、いやいや超能力だったり、はたまたそもそもニンゲンではなかったりと、いろいろとおかしい。そして、それがあたしたちの普通である。 そのおかしなところは、皆一括りに『GIFT(ギフト)』と呼ばれている。神様からの贈り物、という説が一般的だから、皆、基本的にそれを受け入れている。 ちなみにあたしの『GIFT』は『動物へ変化する』というもの。犬でも猫でも、蛇でも兎でも。知識として頭にきっちりイメージできる動物なら、大抵失敗しない。想像上の動物や、キメラなどは、まだ成功したためしがないけど。 ……ここまでお話したら、もしやと思った方もいらっしゃるのでは? そう、百均の一角である、この製菓コーナーで目を輝かせる 少女…ボブが少し長くなったような髪型の、表情がくるくると変わる愛らしい親友である、きりんも、もちろん『GIFT』を贈られた一人である。 彼女の『GIFT』はというと……。 「スミレちゃん!アーモンドとレーズン、どっちがいいかなぁ?!」 「……えーと…」 きりんの額(ひたい)につけられたサークレット……いわゆる『制御装置』をもってしても、きりんの『GIFT』の力は大きすぎて……抑えきれないのが事実。 「きりん…」 「えっ?どっち?」 「……アーモンド、かな。レーズンは好き嫌い分かれるから」 「あっ、そうだよね!ありがとう、スミレちゃん!」 イエイエなんて笑いながら、うきうきとカゴに材料を放り込むきりんを見守る。 これがあの〇〇(自主規制)へのバレンタインチョコとかじゃなかったら、もっとハメを外してあたしもその尻馬に乗っただろう。たとえばそう。クラスの女子たちとの交換用とか。あとは――。 「(妄想)スミレちゃん、これ、バレンタインのチョコレート!もちろん、本命だよ♡」 「(妄想)ありがとう、きりん、あたしからのも受け取って頂戴?」 「(妄想)わぁぁ、ありがとぉ!これってあたし達、両想い?!」 「(妄想)もちろんよ、かわいいあたしのきりん…」 「(妄想)スミレちゃん……」 そして。きりんのキス待ち顔(あくまでも妄想)に、そっと身を屈めて唇を寄せようとした時……。 「はくしゅん!」 一瞬で、目の前がクリアになった。 「きりん?!いま…」 「えっ…?!」 とっさに口元を抑えたきりんが、すぐにホッと安堵の息を吐く。 「マスクしてたから、多分へーき」 「びっくりした…」 ほっと息をつきながら、(マズったかな?)と邪推する。でも、きりんの表情は今度は隠されて分からなかった。 きりんの『GIFT』は名付けて『創造主(クリエイター)』。 きりんの体の一部…例えば、爪や髪、血液などを無機物に与えると、無機物のそれが命を宿す。 例えば幼いころ、何気なく散髪に行って、その髪の一部が他者の髪の毛を巻き込んでモンスター化したことがあるらしく、それ以降、きりんは制御装置をつけることを義務付けられていた。 心無い大人の中には、きりんを制御装置を付けたうえで檻に入れて監視下に置いたほうがいい、という馬鹿なやつもいるらしい。 もちろん、唾液なんかにもその『GIFT』の効果はある。 うっかりで、生まれてくる命ほど、知能が低くて創造主(きりん)を困らせるものはないのも事実だ。そして、その命を摘むのも……。 「あっ……ごめんね?そろそろ行こ?」 「……そうね。作る時間なくなるし」 「うんっ!」 きりんが無意識に『制御装置』(サークレット)に手をやる。それが震えてはいないことに安堵して、あたしはその背を押して、会計へと進んだ。 学園の調理室を借りて、チョコレート作りは始まった。 「さてさてさーて?」 「んん?」 「なんのチョコにするの?」 「えっとね、マフィンとクッキーと、あとガナッシュ!」 きりんの答えに、あたしは頷く。 念のため全部火を通す感じか…。 「おっけ、つくりましょ!」 「うん!」 二人きりでのチョコレート作りは、本当に楽しかった。 包丁でチョコを刻んだり、とかオーブンに入れたりなんかの『不意の事故』…つまりはきりんの力の暴走要因フラグをあたしが担当することで、前もって折りまくって。 「すごーい!…焼き上がりが楽しみだねぇ」 オーブンの前で、目をきらきらさせるきりん。 「あとはオーブン任せだもんね」 応じながら、んんー!と背伸びしたら、結構いい音がした。 「結構お菓子作りって体力使うのね」 素直な感想のつもりだったけど、きりんは少しだけ顔を曇らせる。 「ごめんね、スミレちゃん。疲れたよね…あたしのできないこと全部やらせちゃったから……」 あたしは、その肩をぽんってしながら、 「気にすることないわ。でも、そーねぇ…ほんじゃあ、タイマーが鳴るまでちょっとお昼寝していい?」 「お昼寝?」 「うたた寝のが近いかなあ…」 ふわぁ、とあくびが漏れる。 「きりんも寝よう?」 「んー…あたし、もうちょっと起きてるから。スミレちゃん寝てていいよ」 「…そお…じゃあおやすみぃ……」 そしてあたしはうとうとと、まどろみの世界に旅立って…… ――突然の彼女の悲鳴に跳ね起きることになった。 「え。なに、」 「スミレちゃん、助けてぇ!チョコレートに食べられちゃうよぉ!!」 思わずバッと振り向いたあたしの視界に広がっていたのは。 エプロン姿のきりんに圧し掛かるずんぐりむっくりした甘ったるい匂いの……大口からだらだらとよだれをこぼすチョコレートのモンスター?! …っていうか。 あたしの!きりんに!!なにやらかす気だ、アアン?!! ……許すまじ!!!! 「あたしのきりんからどきなさいよ、このヘンタイがっっっ!!!!」 あたしは自分の『GIFT』で、体を一気に変身させる。 体格で勝るように、体長2メートル級のグリズリー!そしてヤツの喉笛へと爪の一閃を――。 ――『砕け散って砂塵となれ』 …?!! グリズリー化したあたしの鋭い鉤爪が化け物を引き裂く前に、目の前のモンスターは突如砕け散り、さらさらと砂のようになってその短い命の時間を終えていた。 ぎゅっとめいっぱい全身でモンスターを拒絶し、縮こまっていたきりんが恐る恐るといったふうに目を開ける。 そして。その表情を一気にバラ色に塗り替えた。 「ひめくん!」 「何言ってるの。お姫様は君だって何度も言ってるでしょ?」 「ひめくぅん!!」 涙声で飛びつくきりんを難なく受け止めて。 「くすっ。困ったちゃんだね、僕のレディは。怪我はない?…って、チョコまみれだよ、きりんちゃんってば」 「あっ……これは、えっと…」 「もしかして、バレンタインのチョコレート?作ってくれようとしたんだね?」 「う、うん…でも、なんでか失敗しちゃって……」 「そっか…でも、気にしないで?」 言いながらきりんのほっぺについたチョコレートを親指で拭う そしてその指をパクリ、と……。 「うん、甘い」 「ひ、ひめくん?!!」 ……。 とりあえず、あたしは一番近くにあった調理台に全力で一撃を加えた。 びくりと震えて正気に返ったきりんと…冷たい笑みの星依 秘(そのかれし)……。 うわぁ。なにこの空気。あたしが悪いのかな?ん?と限りなく真っ黒な笑みなあたしである。 「す、スミレちゃんっ?!だいじょうぶ?!」 「ああ!春日井(かすがい)さんだったんですねぇ?趣味の悪い剥製があるなあと思ってしまいました♡」 「あーら、星依(ほしより)くん、ごきげんよう。昨今の中二男子は、公然とセクハラを働いてしまう生き物なのですね♡」 「…?二人とも、なんか怒ってる…?」 「べっつにぃ?ぜーんぜぇん?」 「きりんはきにしなくていいのよぉ?」 「……あ。もしかしてあたしがまた失敗したから……」 ……はっ! 「そ、そんなわけないじゃない?ねぇ?星依君?」 「(慌ててかぶせるように)そうだよ、きりんちゃん!それに、あれは僕の『GIFT』でもう砂になったも同然なんだから…」 「え?!砂?!!チョコレート全部……?!!」 「おこづかい……全部……」 砂を拾いながら、呟く声きりんが余りにも悲愴感に満ちまくっていた。 「えっ」 超小声で、最低男、とあたしは奴を罵ってやる。(あくまでもきりんには聴こえない声量で) 「……ひめくん」 「なあに?きりんちゃん」 「……食べ物を粗末にする人、キライ…」 「えっ」 そしてきりんはあたしの方を向いた。 「スミレちゃん……」 「なあに?きりん」 「……物を大事に使えない人も、キライ…」 「えっ」 「二人とも。助けてくれてありがとう。……でも、反省してください!」 そう言い放って、きりんは調理室を飛び出していった。 駆け足の足音が、遠くなっていく……。 「き、きりんが…きりんに嫌われた…!」 残ったのはあたしと……。 「(長い間があって)……。……飲みにでも行く?」 「……なにを?」 天敵である、星依 秘(ほしよりひめる)は、視線も向けずにぽつりと言った。 「...タピオカミルクティー…?」 「ぜったいやだ」 「ハハッ…初めて意見があったね……」 (後日談) それからきりんには、バレンタイン当日まで避けに避けられ続けて。 もちろんそれは、彼氏であるはずの星依(ほしより)くんも同じ扱いだったから、まぁある意味救いはあったんだけど(多分向こうも同じ感想を持っていると思われ)。 しかも、後からまた作り直したらしいチョコ菓子を、親友と彼氏以外のクラスメイト全員に配るというとんでもない偉業を成し遂げたきりんに、あたしと某男子は、人生を儚んでさめざめと泣いた。 そして。バレンタインデーの翌日。 「……太陽が…眩しいなぁ…」 消え入りそうな声で、あたしは太陽を見上げる。 「また朝が来ちゃった……ハハハ…」 そしてあっちも病み切ってる声で呟く。 と、そこへ。 「…スミレちゃん!ひめくん!」 「え?」 「え?」 幻聴か?!と振り向いた先、そこには現実のきりんが立っていた! 「今までイジワルしててごめんね!これ!作ってきたから!」 「これは…?」 「けーき…?」 「チョコとチーズのマーブルケーキ!すっごくおいしいから!」 そこで、きりんは言葉を切り、眩しいくらいの笑顔で、 「……遅くなっちゃってごめんね?スミレちゃん、ひめくん!いつもありがとう!」 「大好き!!!!」 きらっきらのかわいい声での最後の一言は、一気にあたしと星依君の干からびて死にかかってた心を潤しまくった…!!! 「きりん…!!」 「きりんちゃん!!」 まさに地獄からの救いの女神だった親友に、あたしと星依氏は心からの想いで彼女への愛をますます深めた。 しかし、またその件(くだん)のケーキが、なぜだかうっかりモンスター化していまい、危うく同じ轍を踏みそうになりつつ、今度こそはのハッピーなんだかバッドなんだか曖昧な……おかしなおかしなこの世界のようなラストを迎えることになるのを、幸か不幸か、あたしたち三人はまだ知らなかった。 (終わり)
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