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「本当に薄気味悪い森だな…」
「あの世に繋がってるなんて噂があるらしいぞ。」
「おい、冗談やめろよ、笑えない。」
そんな森の中を、四人組の男たちが一列になり、奥深くへと踏み入っていた。男たちの足取りは重い。
何かに怯えるように、何かを探すように、ゆっくりと慎重に歩みを進めている。
「隊長、これ以上は…」
二番目の男が先頭を進む男に向かって不安げに声を掛ける。
「嫌なら帰れ。」
先頭の男は振り返りもせずそう言い放つと、鬱蒼と茂るツルシダをかき分け、さらに奥へと足を進める。
最早今が何時なのかもわからない。日の光は樹木で遮られ、まるで夜のような薄暗さの中をさ迷い歩く。
歩みを進めるにつれ、甘ったるい匂いがきつくなる。
思わず男たちは持っていたハンカチで鼻を覆った。
この森に踏み入ってから何時間が経っただろう、夜までに森を抜けねばさすがに不味い。
そんなことを考えた時だった、先頭の男が足を止める。
「隊長?」
「見ろ、光が見える。森を抜けるぞ。」
男の指さす方に、確かに明確な明かりが見えた。
それは深い霞の先、ぼんやりと青白く光る空間がそこにある。
「さぁて、吉と出るか凶と出るか、だな。」
先頭の男が振り返り口角をあげる。
霧が立ち込める闇の中、獰猛に光る二つの瞳に、後ろに続く三人は静かに息を飲んだ。
「なんだ、…こりゃ…」
そこから森を抜けるまではそう長くはかからなかった。
光に近づくにつれ徐々に晴れていく霧、それに反比例して濃くなっていく独特な匂い。
その正体は、森が開けた瞬間に広がる光景が物語っていた。
「うわあ、綺麗ですね。」
最後尾の小柄な男がひょっこりと顔をのぞかせながら、その景色に感嘆の声をあげる。
不気味な森を抜けた先には、真っ青な花が鮮やかに咲き誇る広大な花畑が広がっていた。
「ある意味、この世のものとは思えぬ光景だな、これは。」
噎せ返るような花の香りが鼻腔をくすぐる。
森の中に漂っていた匂いはこれだったのだ。
何とも形容しがたいその香りは、まるで死者の国へ誘うセイレーンのように魅惑的で非現実味を帯びていた。
「しかし、ここは森を抜けたわけではなさそうですね。」
後に続く男たちのそんな会話を片耳に、先頭の男は一言も話さずにじっと花畑の先を見つめている。
人を寄せ付けぬ暗い森、それを抜けた先の視界一面の花畑。
そして、その更に奥は再び森へと続いている、が…
「人がいるな。」
男の指先が花畑を抜けた先へと向けられる。
奥に見える森、そこから少しだけ角度をあげた先に、確かに見える、人里の証。
そこには、薄っすらと煙が空に溶ける様子が、傾きかけた太陽と共に映し出されていた。
男たちの顔に緊張が走る。
「日暮れ前には着かねぇとな。」
そう言って先頭の男は、絵画のように美しい花々を、泥に塗れた靴で躊躇なく踏みにじる。
「行くぞ、狩りの始まりだ。」
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