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静かに扉を開け、真っ暗な通路を進む。
時刻は午前2時を回っていたため人の気配はない。
と言っても、そもそもこの船にはそんなに人も乗っていないのだが。
船首側には見張りがいる。
俺に歯向かってくるやつはこの船にはいないが、何となく人目に着くのは避けようと思った。
船尾側の階段を上り、外へ出ると、後ろをついてきていた少女が息を飲んだのが分かった。
「これが、海…。」
まるで楽園でも見たかのような反応だ。
「何もねぇだろ?夜の海なんて特に。」
すると少女はふるふると首を振って、静かに深呼吸をした。
乱れていた髪が海風に靡き、はらりと揺れる。
閉じられていた瞳がゆっくりと開かれると、闇夜の中に金色が優しく光った。
「月が、凄く綺麗。」
そういわれて見やれば、雲の切れ間から月光が差し込んでいた。
今日は満月らしい。
水面に見事に映る姿はまるで、
「お前の瞳みたいだな。」
空の月と、海の月、暗闇の中で見事に輝く二つの金。
少女はまさに月の化身のようなその眼をこちらに向ける。
俺と目があうと、その眼を細めこちらを見つめた。
「お兄さんの目は、太陽だね。」
一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。
太陽?何の話だ。
誰の、何が、太陽だって?
「燃え盛る炎の色。初めて見た時から思っていたの、太陽みたいで綺麗だなって。」
この娘はひと時も眼を逸らさずにそれを言ってのけた。
悪魔と呼ばれ、戦場の血で染まったと噂された、この呪いのような、血塗られた瞳を。
俺は思わず目を片手で覆った。
これ以上この目を少女に見られたくなかった。
これ以上は耐えられない。
この目を太陽だ、などと表現するような奴に、これ以上踏み込まれたくなかった。
馬鹿馬鹿しい。
そもそも俺は、この小娘にこの三日三晩何をしてきたと思っている。
太陽の下ですら、生きるのが苦しいような生き方しかしてこなかったというのに。
「…もう十分だろう。戻るぞ。」
ほんの気まぐれで連れてきただけなのに、とんだ気分にさせてくれたものだ。
小さく舌打ちをするが、このもやもやとした気分が晴れることはなかった。
「あ、待って、お兄さん。」
服の裾を掴まれた気がして、振り返ると意外にも近くまできていた少女と再び目があった。
すると、彼女はその眼を細め、腫れた頬をつりあげて、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「連れてきてくれてありがとう。」
この娘は、馬鹿なのか?
俺はお前の村を焼き払い、両親を殺し、村人を殺し、死にたいと望むお前を連れ去り、あわや戦争に利用しようと痛めつけている張本人だぞ。
そんな言葉たちは喉元まできて、音にならずに消えていった。
開いた口は、変わりに一つの約束を結ぶ。
「おい、娘、部屋に戻ったら食事をとれ。」
そしたらまた、海を見に連れ出してやる。
そう言うと、少女はまたもや目をまるくしていたが、その直後、なぜか穏やかそうに微笑んだむと、こくんと静かに頷いた。
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