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「いいぜ、何時でも辞表を持ってこい、お前の替わりなんて腐るほど居るからさ」
整髪料の匂いをプンプンさせて作業着の男は、聞かれてもいないのに
「俺なんかさ凸凹工科大卒のエリート入社で、会社が離してくれなくてさぁ、お前が羨ましいよ」
続け、同じベージュの作業着の痩せ型で四十がらみの、井野 勉強は
(後輩さんでしたね…)
と、暗澹たる気持ちになりながら
「ですがねぇ、工場の指示で、家に持ち帰ってまで勉強して、乙4危険物の資格を取ったんですよ。資格手当とか何かの加算は無いんですか?」
精一杯の主張をするが
「いいだろ、親と同居の子供部屋おじさんが妻や子供がある訳で無し、そんなに金なくても、イテテ」
と、鼻毛と共に千切り捨てられ
(俺が、結婚も子供も不要って…?)
もう涙も出ない
「はい、持ち場に戻って」
パンパンと手を打ちならす様は、いちいちムカつく
「ごめんなぁ咲美」
と、深い溜め息をつきながら、数値制御フライス盤とマシニングセンターの立ち並ぶ、工場の片隅に戻ると、定盤の上には、全く手付かずの、図面と黒皮の儘の鋼材が鎮座していて
「池田君!!ちょっと、分かる範囲で進めておいてって」
量産品専用になっているマシニングセンターに張り付いていた池田は
「ちょっと、僕にはまだ難しいかな、って」
ひきつった笑顔
「もう、一年にならないか?そんな事をいって…分かった、この量産品の段取りを覚えようか?」
提案するが、池田の笑顔は
「ははは」
ひきつった儘
「この先も、ずうっと、俺が段取りするのか?俺だって、こんな訳の解らない機械のマニュアルを片手に、勉強に勉強を重ねて使い方を覚えたんだよ」
語気を荒らげるが
(俺、勉強して良かった事なんて有ったっけ?)
心の中では自問自答している
「製造一課長といってもな…」
名ばかり正社員、名ばかり課長では仕方がない
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