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「下請け風情が、エレベーターを使おうとするんじゃねぇ!」 まだ若い二十代と(おぼ)しき、水色の作業着の男に、井野は突き飛ばされ尻餅をつき 「いってぇ、俺は呼び出されて、こんな…」 非難の言葉を返そうとするが作業着の若者は 「ささ、常務、お乗り下さい」 腰を低くして、濃緑の背広を着た男を井野が入ろうとして突き飛ばされたエレベーターの内に(いざな)う様にしていて全くの無視 (もう死にたい…) 連日の深夜残業で疲労が蓄積していて、もう身体が動かないし、動きたくない。しかし、一縷(いちる)(のぞ)みを胸に抱き、井野が勤める工場の元請けである、此の場所に出向いたのだった。再三の要請に従い受注された、小品だが難しい仕事を、井野は慣れない複合加工機での加工方法を、ネットで工業書で取扱説明書(マニュアル)し、過酷な残業で完成させたばかりだったからだ (褒賞金とは言わないが、お誉めの言葉と記念品くらい…) と、夢想するのは贅沢だろうか? 「4階の役員室か…」 事務員に渡されたメモの文字を読み、エレベーター脇の階段を見る。の文字がの文字に見えた 「何だ、此れは!!」 井野が指定されて来た役員室に入ると、待ち構えていた、先の濃緑の背広の男は怒声を上げ、高級そうな木製のテーブルに、銀色に輝く円筒形の物体を置いた 「不良でしたか?」 井野の顔に (もうイヤ) 生気は無く 「完璧だ」 の言葉に (何で完璧な製品(もん)作って怒鳴られなきゃならないんだ) 口を利く気力も無い 「君がやったんだな?何でもっと早く『自分にやらせて下さい』と、言わなかったんだ?最初の発注からどれだけ時間が掛かったと思っている!」 井野が金槌(ハンマー)でブン殴られた様な頭痛に襲われ (真面目(マジ)で、勉強なんかするんじゃなかった、勉強なんかすると、(ろく)な事がない) 黙って退室すると 「井野さん!先程は申し訳ありませんでした、これ、お願いします」 水色の作業着の若者に追い(すが)られ懇願(こんがん)され 「あんッ?何だってェッ?」 思わず不良高校生(ヤンキー)時代の素が(あらわ)となり、無理矢理に手渡されたB4の封筒が、中身ごと破り捨てられると、バラバラになった図面が撒き散らされ 「ケッ!」 と、唾が吐きかけられた
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