第一章

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 このあたりは、各国の公使館があり日常的に外国人を見る機会が多い。それでも、彼らの日本人とはかけ離れた体躯や雰囲気はそうそうなじめるものではなく、宙子の体に緊張が走る。  しかし、その人の横を通らねば家に帰れない。巾着を握る手に、自然と力が入る。男性の横を足早に通り過ぎようとしたら、宙子の耳に低く落ち着いた声音が届いた。 「青山宙子さんですね」  宙子の心の臓がぎゅうっと痛みを感じ、思わず足を止める。  どうしてその名を知っているの?  声に出せない問いの答えを知りたくて男性の顔を仰ぎ見ると、琥珀色の美しい瞳が、宙子を射すくめていた。昔、母の化粧箱にしまわれていた琥珀のかんざしにそっくりな瞳。  宙子は母にしかられても、こっそり琥珀のかんざしを取り出し陽に透かして遊んでいた。いつまでも眺めていたいほど美しい琥珀は、質に入れられ二度と見ることはできない。  そんな懐かしい琥珀色の瞳の持ち主は、歌舞伎の女形のごとく整った顔の日本人だった。年は宙子よりいくぶん年上に感じたが、落ち着き払った態度は顔に不釣り合いなほど老成している。
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