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茫然と立ち尽くす宙子の後ろから、人力車のガラガラと車輪が砂を巻き上げる音が聞こえてきた。
「どいた、どいた!」
威勢のいい声は当惑する宙子の耳を素通りして、どんどん近づいてくる。
「失礼いたします」
青年の声とともに、肩に大きな手がふれ引き寄せられ、すんでのところで宙子の後ろを人力車が走って行った。
宙子の目の前には、頬が触れそうな距離に青年の胸板がせまっていた。一度だけ見た外国人の男女が親密に寄り添う姿に、そっくりな自分と見知らぬ青年。
宙子は胸がときめくどころか、肩をつかまれた力が瘦身の青年には意外なほど力強く怖気づく。
こんなところを誰かに見られたら、何と言われるか。もしお母さまに知られたら。
恐れよりも世間体が気にかかり、宙子は肩に乗せられた青年の手を払いのけていた。
「申し訳ありません。若いご婦人に触れるなど、無礼でしたね」
形のいい額にかかった髪をかきあげながら、青年は素直に詫びた。
助けてもらったのに、礼を述べるどころか手を払いのけた宙子の方が、無礼千万である。
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