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それでも青年に、腹を立てた様子は微塵もない。青年の優しさを感じた宙子だが、ますます居心地の悪さが増していく。
なんなのこの人、突然現れてわけのわからないことばかり言って。おまけにわたしを宙子と呼ぶなんて。
早く、この場から逃げ出し家に帰りたい。その一心で宙子は乾びた喉から声を絞り出す。
「ごめんなさい」
宙子はあっという間に、青年に背をむけ駆けだした。すると後ろから青年の言葉が追いかけてきた。
「日をあらためて、申し込みに伺います」
宙子は足をとめずに考える。
何を申し込むの? 借金?
宙子にとって、人に何かを申し込むといえば、借金しかなかった。
青山家は旧幕時代には裕福な旗本であったが、宙子が物心つくころにはすっかり落ちぶれていた。
幕臣は幕府が瓦解したおり、新政府に出仕するか徳川宗家の新しい当主となられた家達さまについて駿府へ赴くかふたつの選択肢があった。
父は後者の道を選び駿府藩の役職についたが、それも一時のことで、廃藩置県により藩がなくなると幾ばくかの報奨金をもらい失職した。
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