第一章

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 駿府にいても仕事はなく、かつて江戸と呼ばれたここに舞い戻ってきたのだ。今は、新政府の下級役人におさまり、番町の役宅に住んでいる。  江戸から駿府、東京へ移住するたび、青山家の財産は減っていき、母の着物もずいぶん質に入れられた。そんな貧乏な暮らしの中で、ひとつ上の姉の鏡子(きょうこ)が亡くなる。  もともと父は婿養子で、母が青山家の一人娘だった。蝶よ花よと育てられた母にとっては、身を削るほどつらい事態だっただろう。  お金がないうちに、借金を申し込むなんて変な人。……ひょっとして、借金取りとか。そっちの方が、ありえるかも。  青年の身なりを考えると、借金取りがしっくりとくる。謎の美青年借金取り。ふと馬鹿な文句が頭に浮かぶ。宙子の中の居心地の悪さが幾分やわらいだ。  そんな正体不明の借金取りの使者は、ほどなくして青山家を訪れた。               *  嵯峨野家の遠縁だと名乗る男性は、父の上司でもあった。突然の上司の来訪に驚く父の前に、上司は釣書と一枚の写真を重々しく差し出す。    釣書とは縁談のさい、相手に自分の家の系譜や身上を知らせる書面である。
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