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イギリス留学から帰国したばかりの当主、忠臣は黒の燕尾服を颯爽と着こなしていた。髪を後ろにながし、柔和な笑みをたたえた容姿に会場のご婦人方からため息がもれる。
「お母さま。忠臣さまは、光源氏もかくやという美丈夫でいらっしゃるのね。わたくし初めてお目にかかりました」
忠臣の勤め先である外務省の同僚の妻と娘は、ひそひそと言い合っている。
「本当にねえ。奥さまになられる宙子さまがうらやましい限りですね」
「ねえ、でもよくこのご結婚が許されたわね。宙子さまのお家って華族ではないのでしょ。元は大身の旗本でらっしゃったけど、新しい世ではずいぶん落ちぶれ……」
「しっ!」
娘のあけすけな言い草を母はすばやく制し、声をひそめた。
「なんでも、忠臣さまがお小さい頃に宙子さまと出会われて、お見染めになったそうよ」
「まあ、素敵! 筒井筒の仲でいらっしゃるのね」
男女の仲に幻想をいだきたい娘の声は、耳障りにもうわずる。
「普通なら、宮内大臣のお許しが下りないんでしょうけど、なんせ今の大臣さまは嵯峨野家の元家臣でいらっしゃるから」
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