第一章

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 この人、何考えてるか全然わからない。歩くことって好きとか嫌いとかで判断できるものじゃないのに。  この時代の移動手段は、基本徒歩である。歩くことは生活の一部で、好き嫌いで判断できるものではない。人力車や鉄道馬車もあるが、宙子はいまだに乗ったことはなかった。  ましてや、馬車など宙子のような庶民には夢のような乗り物だった。  こういう風に訊くってことは、好きと言ってほしいってことかしら。  宙子はニコリと笑い『好きです』と言おうとしたが、「そこそこ?」とあいまいに答えていた。  忠臣の清廉な顔つきを見ていたら、心にもないことは言えないと思ってしまったのだ。いつもは家族であろうと、本心を隠し相手の望むことなどたくさん言える宙子なのに。 「では、昼食の前に散歩に出かけましょう。お付き合いください」 「散歩?」  聞きなれない言葉に、宙子は戸惑う。 「はい、目的もなくぶらぶらと歩くことです。西洋から伝わった新しい風俗で、健康にもいいのですよ」  目的もなくただ歩くなんて、なんの意味があるのだろう。というか、ふたりで屋敷の外を歩くのは……。
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