第一章

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「今から十四年前、ここ湯島で博覧会が行われた。私は数えで九つでした」  忠臣は過去のできごとを話し始めた。 「先ほどの嵯峨野家の別宅から、私は博覧会に毎日通ったのです。とてもおもしろかった。鷹や猪の剥製。古の金印や大きな名古屋城のしゃちほこ。それらを見る人々の喜色満面の様子。新しい世の空気がここに満ちていました」  十四年前だと、わたしは五つ。東京に来たばかりの頃で、珍しい催しがあると母とそのころまだ生きていた姉と三人で出かけた。夢中で見て回っているうちに、はぐれてしまったのだ。 「あなたは親とはぐれたのに、泣きもせず私にいろいろ訊いてきました。見慣れぬ文字の浮き出た板を指さして、あれ何? って」  忠臣の言葉を受け、宙子の頭の中にその珍しい板と男の子に教えてもらった言葉が閃光のように閃く。 「アメリカの新聞!」 「そう、新聞の原版です。あれを元にして新聞を刷るって言ったら、新聞って何? とまた訊かれて」  忠臣は拳を口に当て、クスクスと笑い出した。  小さな宙子が見たこともない珍しいものに目を輝かせる横で、同じような顔をしていた男の子。
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