第一章

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 この人は自分と同じ気持ちなのだと思うと、子供心にうれしくてしかたなかった。その男の子が、時を経て今目の前に立っている。  信じられない奇跡に、宙子の凪いだ心は珍しく大きくうねり始めた。そのうねりに娘らしい、甘さがほんの少し含まれていた。  わたしは小さな頃、大人に質問ばかりする子供だった。そんなわたしを母は、女の子なのに賢しらなことを言う子だと、とても嫌がった。  そう言われたそばから、賢しらって何? と訊いた。そうしたら、いい加減にしなさいと納戸に押し込まれたのだ。  おまえは鏡子とちがってなんて強情なんだと、よく怒られもした。姉は宙子と違って、とても大人しく従順な子供だった。  おまけに宙子は、誰に似たのか赤い髪にくせ毛という外見だ。くせ毛なのは意地が悪いからだとも言われた。  そうわたしは、母親にまで疎まれるような子だったのだ。  宙子は苦い過去から目をそむけ、ふと忠臣を見る。忠臣は笑うのをやめてあの頃の母と違って、とても優しい目で宙子を見つめていた。  この笑顔を信じてもいいのだろうか?  忠臣の、赤く形のよい唇がゆっくりと開く。
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