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「宙子さん、私はあの時の好奇心旺盛な少女が忘れられなかったのです。イギリスから帰り、すぐにあなたを探しました。結婚するなら、見も知らぬ女性ではなくあなたがよかった」
結婚前の娘なら誰もが憧れる台詞を忠臣は語った。ここまでなら、宙子は心から忠臣を受け入れたかもしれない。けれど後に続いた忠臣の言葉に、宙子の甘い気持ちは霧散した。
「私には、あなたが必要なのです」
春の強い風が、一瞬ふたりの間を通り抜けていく。振袖の裾がはためき、あわてて手で押さえた。ざらりとした絞りの布地の感触が、宙子の胸をざわつかせる。
……わたしが、必要? そう言えば、最初に会った時も同じことを言っていた。
必要って、どういうこと?
必要とされるということは、何かの役に立つということ。母におまえは姉に比べ役立たずだと言われてきた宙子だ。
わたしに必要とされる、価値なんてない。
視線を上げると、美貌の侯爵家の当主が琥珀色の瞳を細め見下ろしている。こんな完璧な人が自分に求婚している。
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