第一章

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 哀れな姫君が貴公子に求婚される古の夢物語は、しょせんつくりごとだ。現実にそんな夢のような話があるのなら、裏に何か隠されているに決まっている。  先ほどまで忠臣が放つ甘さに染まりかけていた宙子の心は、一気に警戒の色を強める。  たしかに宙子は、ここで親切な男の子に出会った。お互いの記憶が一致するのだから、その人はまちがいなく忠臣なのだろう。  でもそれだけの理由で、侯爵家の当主の求婚理由にはならない。元大名家の花嫁ともなれば、同じ家格の家から迎えるのが常識だ。  実際、この忠臣にもたくさんの縁談があることだろう。それらをすべてけって、わたしを選ぶ理由がわからない。  選ばれた理由が好ましいという感情のみなら、そんな頼りないものを鵜呑みにするほど、宙子は素直ではなかった。  人は変わる。あっけないほど。  昨日まで世話をしてくれていた女中が、次の日には青山家の家宝をひとつくすねて姿を消した。  仲がいいと思っていた同級生は、宙子が没落した旗本の子だとわかると小馬鹿にした。母だって、ある日突然変わったのだ。
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