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たった九つの男の子が、五つの女の子のことが忘れられないなんてことが、あるわけがない。
ふと、嵯峨野家の化け猫の話を思い出す。
化け猫に食われた奥方さま。ひょっとしたら、わたしも化け猫に食われるのかもしれない。化け猫への餌代わりに、わたしが選ばれたのなら納得もできる。そうならば、この人の思いを突っぱねるのが道理。
しかし宙子は、忠臣の望む通りの返答を口にしていた。
「うれしいです。わたしもあの時の男の子のことが忘れられなかった」
宙子の言葉に忠臣はすっと右手を差し伸べ、くしゃりと端正な顔をくずして笑った。
「では、結婚していただけますね」
宙子はしおらしくうつむき、嵯峨野家の若き当主の手にそっと自分の手を乗せた。その手が意外なほど冷たくても、宙子は離さなかった。
「はい。不束者ではございますが、よろしくお願いいたします」
結婚もせず青山の家にいても、自分を殺すことに変わりはない。同じ殺されるなら宙子として、殺される方がましだ。でも、ひとつだけ確かめたいことがあった。
「あの、お尋ねしたいことがございます」
「はい、なんなりと」
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