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ふたりは忠臣と宙子が上司である外務大臣と談笑している姿を見ながら、声を落とす。
「姉上は、獣に食い殺されたような死に様だったとか」
黒縁眼鏡の持っていたグラスの中のシャンパンが、大きく揺れた。
「はっ? どういうことだ。屋敷に野犬でも出たって言うのか」
蝶ネクタイの男は、ますます声をひそめる。
「ここは、嵯峨野家だぞ。化け猫じゃないかって噂だ」
「化け猫?」
黒縁眼鏡が持っていたグラスが、とうとう芝の上に落ちた。グラスは運悪く小石にあたり、無残にも砕けた。耳をつんざくガラスの割れる音と、女の悲鳴が重なる。
「きゃー、若奥さま!」
会場にいた招待客の視線は吸い寄せられるように、宴の中心にいる忠臣と宙子に集まった。
しかし、先ほどまで忠臣の後ろでほほ笑んでいた宙子の姿はそこにない。人々が視線を下げると、藤の房が落下したがごとく宙子は倒れていた。
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