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上流階級の社交場として建設された鹿鳴館では毎夜舞踏会がひらかれており、着飾った上流階級のご婦人たちが出入りしていた。
「嵯峨野家の奥方さまになられるのですから、もちろんでございましょう。その時はまた、うちで新しいドレスをご注文くださいませ」
奉公人はぬけめなくそう言うと、藤色の繻子の布地を宙子に当てた。
淡く上品な藤色は、赤い髪に似合っていないと宙子の目に写る。そっと鏡の中の自分から目をそらせた。
この布より、さっきの瑠璃色の方がはっきりした顔立ちの自分には似合う。そう思っても、宙子はけっして口にはしない。
藤色は母の好きな色だからだ。
「あらっ、この藤色の布があなたにとても似合いますよ」
案の定、母は宙子に似合わない布を気に入った。
男性の奉公人でも、藤色が宙子に似合わないとわかるのだろう。少し間をおいて、微妙な表情からこびた笑いに切り替えた。
「そうでございますね。お嬢さまの白い肌によくお似合いです」
あからさまなおもねる台詞に、宙子の背筋に羞恥のミミズが這う。客の顔色をうかがう商売人も大変だな、と宙子は奉公人に同情しつつ口をひらく。
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