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「ええ、お母さま。わたしもこの布が気にいりました」
宙子の言葉に、母は満足そうにうなずいた。
「では布が決まりましたら、次はドレスの形でございます。昨今の流行りはスカートを二枚重ねにいたしまして、上のスカートを……」
奉公人の口は、すべらかにまわりはじめた。
これでようやく座れる。宙子はそっと息を漏らすと、涼やかな風が開け放った障子の向こうから入ってきた。
風にさそわれ庭に目をやると、空には雲の峰が連なっていた。
あの人にあったのは霞がかかる花冷えの頃だったのに、もう夏だなんて。
あの人……もうすぐ夫となる忠臣と出会った日のことを思い返しては、宙子は未だに狐にだまされた気分になるのだった。
*
あの日宙子は、お琴の師匠の家からひとり家路を急いでいた。くすんだ茶色の縞の着物に縮れた髪を銀杏返しに結った姿は、やぼったく若い娘らしい華やぎがない。
宙子の同級生たちは在学中に結婚が決まり、卒業を待たずに女学校を辞めて行く者も多かった。宙子は十九になるのに、未だ縁談が決まらない。
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