記憶の階段3

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記憶の階段3

 彼女とこの保養施設へやって来ていた息子くんは、もう大きくて、立派な青年であるように見えた。  多分、中学生くらいだったのだろうけれど、やはり外国の方は大人びて見える。  うちの息子も、あのくらい大きくなったら、色々なことを知ってしまうんだろうなと思うけど、お母さんが絶望ばかりじゃなかったと、君に伝えることが出来るようになったよ。  「その時に、私たちは諦めなくて、本当に良かったと思います。子供たちのいる人生はとても素晴らしくて、私に生きていても良いと言ってくれる。何より、彼らがこんなに元気で楽しくこの世で生活出来ていること、それらがなかった人生だなんて、考えたくない。あの子たちが、元気で、遊んでて、こんなに幸せ…良かった、本当に良かった、…」  私は、わけのわからないまま、それだけを繰り返し、彼女が涙を拭うのを最後まで見ていることが出来なかった。  だって、私が大泣きしてしまったからだ。  良かったんですよね、諦めなくて、私は、私は、同じ経験を持つお母さんと、こんなに離れた場所で出会いました。  同じ事故で苦しみ、同じ国で避難し、生きた相手ではありませんでしたが、心の底から、彼女に会えて良かったと思ったんです。  私のような目にあった母親など、少ないにこしたことはない、そう考えて生きて来たけれど、それは孤独でもあったから。  同じ傷を持つ誰か、それが彼女だった。  私は、「そうだよね、わかるよ」と、同じ出来事に直面したことのある誰かからの、同意の言葉が欲しかったんだ。  つらかったね、大変でしたね、それでも前を向きましょう。  …そうですね、私はこの子と幸せになります、必ず。  そう、笑って来たけど。  私は、彼女と、答え合わせが出来た。  彼女のお子さんは、とても健やかに育っていて、体も大きくて、何気ない冗談を言って、彼女を笑わせる。  そんな場面の一つ一つに、私の閉ざしていた心の扉が開く。  傷だらけで、悲劇のヒロインぶってバカじゃないって、そう言われるに違いないとずっと開けずに来たんだ。  だけど、彼女は私にそう言わない。  そんな相手に出会えたこと。  私の身に起きたことを話しても、許される場所。  そこへ、行けたこと。
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