綺麗な月夜に三叉路の彼女と出会った

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 塾の階段を下りて、停めておいた自転車の鍵を解錠して自転車に跨り、僕はペダルを漕ぎ始めた。道路の脇に生えている草もしっかりと視認ができるくらいに、今日は月が夜の街を明るく照らしている。僕はいつものように角を曲がり、少し長い下り坂を下っていく。家に帰るには、坂を下りきったところにある三叉路を右折しないといけない。  誰かいる?  普段の暗さなら気が付かなかったかもしれない。三差路に誰かが立っているように見える。僕はぶつからないようにブレーキをさらに強くかけた。長い髪に、スカートがひらひらとはためいていることから女性だろうと思う。彼女の手前をゆっくりと曲がるとき、自転車のライトが彼女の顔を明るく照らした。やや細く切れ長な目が特徴的な女の子、見覚えはない。 「あの」  通り過ぎる瞬間、小さな声が聞こえたような気がして、思わずブレーキをかけて自転車を止めた。 「あの」  再び聞こえる声。周囲には僕と見覚えのない女の子しかいないことから、彼女が僕に話しかけてきていることは間違いないだろう。 「えっと、なにかな」  改めて彼女の顔を見るが、やはり見覚えのある顔ではなかった。 「あ、あの、すいません。2組の早瀬(はやせ)くんですよね。わたし、4組の三池弥生(みいけやよい)って言います」 「うん、早瀬だけれど」 「あ、えっと、あの、わたし、あの、ごめんなさい」  彼女、三池さんはそのまま家の門に向かって走って行ってしまった。なんだったんだろう? すべてが幻だったかと思うほどに刹那な出来事。そして、すべてはこの月夜の遭遇から始まった。  
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