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すると、運転手は体を伸ばして助手席のドアを開けると、「お代はいりませんから、こっちに乗ってください」と言った。
男は自分の足元を見る。山道を走っていたからか、土埃でかなり汚れていた。後部座席を汚したくないのだろうと察して、男は素直に助手席に座った。
運転手はため息をついて、タクシーを発進させた。
凸凹の暗い山道をタクシーは下って行った。
運転手はあれっきり会話をする気がないようで、車内には陰鬱な空気が流れていた。ラジオでもかけてくれたらいいのにと思う。
「あの、ラジオとか……」
男は運転手に言う。
「すみませんね。山の中でここは入らないんですよ」
ぼそっと低い声で運転手は答え、それからまた沈黙が続く。
「お客さん」
しばらくして、運転手が口を開く。
「頭、どうされたんですか? 血が出てますよ」
「きっと木の枝で切ったんだろう」
男は答えた。
それから男はふと、助手席の正面の天井近くに、運転手の顔写真と氏名が書かれたカードが貼ってあるのに気づく。
ーー黒石進ーー
そう書いてあった。
(黒石……くろいし……黒い死)
男は頭の中に浮かんだ言葉に身震いして、頭を左右に振る。縁起でもない。
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