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男はそっと運転手の顔をうかがう。青白く、覇気がない中年の男だった。
だいたい、怪しいではないか。なんで、あんな山道をタクシーが下りてくるんだ。あの先には、今は寂れて使われていないキャンプ場くらいしかないのだ。
暗い表情で生気のないこの運転手は、本当に生きている人間なのだろうか。男は急に不安を覚えた。
「お客さん」
再びちらっと後ろを見た運転手が、男の胸元を見てぼそっと言う。
「な、なんだ」
「ネクタイはどうされたんですか?」
「ど、どうでもいいだろう! 暑いから締めてないんだ!」
男に動揺が広がり、しばらく気まずい沈黙が続く。
やがてタクシーは山を下りて、大きな通りに出た。よく車で通る道なので、男はほっと安心する。ここまで来れば大丈夫だ。
一瞬だが、このまま冥土にでも連れて行かれるのかと思ったのだが、勘違いだった。
(?)
しばらく走ったところで男は気づく。タクシーは確実に男の家に向かっていた。
しかし、自分はなんの指示も出していない。
それなのに、運転手はまるで男の家を知っているかのように、左折右折を繰り返し、自宅へと近づいているのだ。
(どういうことだ……?)
男は恐ろしくなって、言葉が出ない。
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