1. 山道

4/5
前へ
/13ページ
次へ
 男はそっと運転手の顔をうかがう。青白く、覇気がない中年の男だった。  だいたい、怪しいではないか。なんで、あんな山道をタクシーが下りてくるんだ。あの先には、今は寂れて使われていないキャンプ場くらいしかないのだ。  暗い表情で生気のないこの運転手は、本当に生きている人間なのだろうか。男は急に不安を覚えた。 「お客さん」  再びちらっと後ろを見た運転手が、男の胸元を見てぼそっと言う。 「な、なんだ」 「ネクタイはどうされたんですか?」 「ど、どうでもいいだろう! 暑いから締めてないんだ!」  男に動揺が広がり、しばらく気まずい沈黙が続く。  やがてタクシーは山を下りて、大きな通りに出た。よく車で通る道なので、男はほっと安心する。ここまで来れば大丈夫だ。  一瞬だが、このまま冥土にでも連れて行かれるのかと思ったのだが、勘違いだった。 (?)  しばらく走ったところで男は気づく。タクシーは確実に男の家に向かっていた。  しかし、自分はなんの指示も出していない。  それなのに、運転手はまるで男の家を知っているかのように、左折右折を繰り返し、自宅へと近づいているのだ。 (どういうことだ……?)  男は恐ろしくなって、言葉が出ない。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加