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1. 山道
男は息を切らし、山道を急ぎ足で下っていた。車がなんとか一台通れる位の、舗装されていない道だ。
月が明るい夜だった。
左右の木々の枝が飛び出していて、時々男の頭や顔をこすり傷つける。頬に血が流れてきているのもわかるが、そんなことにはお構いなしだった。
月明りだけを頼りに、ただひたすら山道を下って街へと急いでいた。
男は三十代半ば位、見た目もよくお洒落で、スーツの胸にはポケットチーフを差しているがネクタイは締めていない。
とにかく早く、早く、ここから逃げたいと必死だった。
はぁはぁと息を切らしながら進んでいくと、男の背後から光が差す。驚いて振り向くと、山頂の方から山道を降りてくる車のヘッドライトが見えた。
車を通すために脇に寄って近づく車を見ると、タクシーだった。
(なぜ、こんな山道をこんな真夜中にタクシーが?)
不思議だったが、同時にラッキーだと思った。
(助かった!)
男は手を挙げた。
ところがタクシーは“回送”になっていた。乗せないつもりだろうか。
しかし、なんとしてでもタクシーに乗り、急いで山を下りたい。
男はタクシーの前に立ちはだかった。
そんなことをされては、タクシーは男を轢くわけにはいかないものだから、男の前に急停止した。
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