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こうして、やっと僕の一夏の厄災は、完全に終わりを迎えた——。
安達さんは、波久礼さんがあの密漁者3人に関わっていたのは、知らなかったそうだ。説明されて、全部波久礼さんの記事は読んでいるのに!? と驚いていた。
波久礼さんは、ライターなので記事にしたかったが、土屋さんの両親の頼みで、もう少し熱りが冷めて特定されない時期に、設定を変えて記事にするつもりだったらしい。優しい人である。
安達さんに最初に三峯神社の白い氣守をくれた時に『僕にこそ必要だ。資質がある』と言ったのは、僕の霊媒体質を分かっていたからか? 聞いたが「そんな事言いましたっけ?」と言われた。
肯定的に推測するなら、彼女の霊感体質が本能的に僕の霊媒体質を見抜き、口を突いて出たとも言える。氣守は今も僕が持っている。
安達さんに出会うまでは幽霊なんて、信じてなかったし、自分が霊媒体質だなんて分からなかったけど今は信じられる。自分で体験してしまったから、どんなに理屈で否定されても信じるしかない。
波久礼さんは歌ボーイに現れたU旅館の長男武一の霊は、同郷の僕に惹かれたと言っていたが、逆を言えば僕も武一に歌ボーイに引き寄せられたのだろうか? 波久礼さんはその辺は言っていなかったが、引かれた自覚はないが偶然にしては良く出来た話だ。やはり何かしら、引かれる物があったのかもしれない。
今回の事の、始まりはどこなのか?
今井達が密漁をした時か? 武一が少女を殺した時か? 工場が出来た時か? 洞窟を神として祀った時か? あの地形が出来た時なのか?
とにかくそれら全てには、それら全てについての結果があった。
原因と結果、因果である
だが1つの結果では終わらず、結果は繋がっていた。
普通では断ち切れない、細い透明な絲で繋がっているのだ。
それは因果の絲だ。
その絲は繋がり、紡がれさらに強靭になる。
切れなくなるのだ。
そういう因果の糸を安達さん(怪談師)達は、因果絲と呼ぶのだろう。
壊れたNikomatを傍にぶら下げた、霊能力を持たない、最強の除霊師、波久礼銀太さん。
ちなみにあくまで最強の除霊師は他称であって、波久礼さんは自分をライターとしか思っていないそうだ。除霊が出来るのを知っているのも、事件を通して関わった少数だけである。なので、見返りは記事にさせて貰う事で、除霊料などは貰わない。
僕らも今回起きた事を全部話し、特定出来る様な事は伏せた上で、記事にする事を承諾した。
安達さんは嫌がるかと思ったが、波久礼さんが記事にしても、ネタ自体は自分の物であり怪談師に成れば自分の体験談として語れるので、その筋では有名な怪異探偵に記事にして貰えば後の良い宣伝になるとむしろ喜んでいた。
彼が最強なのが分かる気がする。
絹糸のように細いが、絶対に切れない因果の絲を断ち切れるのは、彼の様な特異点的な能力者だけだろう。
霊を説得したり、神や仏に祈ったり、霊にあったお札なんかを作る様な、段階を踏まざる得ない普通の霊能力者じゃ、きっとそこまでは無理なんだ。
常識外の呪いといものを断ち切るのは、それ以上の非常識なのだ。
強引に、力尽くで、ぶった斬れる様な力がいる。
きっとまた、僕は彼に会う気がする。
これは、確信だ……。
「なに、ボーとしてるんですか! 伊那ヰさん! せっかく村田さんが車を出してくれたのに!!」
助手席から顔を出して、後ろの僕に安達さんは言った。
「ああ、ごめん……。」
「別に、伊那ヰさんは何も悪くないですけどね? ただ直ぐに謝るのはやめた方が良いですよ?」
大事そうにスカーH(ガスガン)を抱えた尊子さんは言った。
「ごめん。尊子さん……。」
隣の席の尊子さんの大きなお乳は、日産フィガロのサスペンションに合わせて揺れていた。これだけが、唯一の良い事だ。だがこの気持ちを悟られたら、スカーHで撃たれるだろう。気を付けよう。
「伊那ヰくんは、2人の良い玩具だね? へっ」
ハンドルを握る村田さんは蔑む様に言い、鼻で笑う。
「これから、どこに向かってるんですか?」
「聞いてないの? 苧うに駅」
「おうに駅?」
「昔、廃線になった鉱山駅。苧うにってのは、鬼婆の事なんだって?」
「鬼婆伝説のある、行ってはイケナイ龍樹の森にある駅です」
「そんな所、行くの辞めようよ! 僕は霊媒体質だって、波久礼さんが!!」
「大丈夫ですよ? 鬼婆は妖怪だもん」
「……。」
そういう問題か?
安ちーずには、新たに村田さんが加入された。
村田さんは漫画の良いネタになると、喜んでいる。
苧うに駅。不気味な名前からして、嫌な予感しかしない。不安しかない。
なのに彼女達は、またピクニック気分だ。安ちーずには危機感が欠けている。
僕らは懲りもせずに、また心霊スポットに向かっている。
勿論、相棒のニコンFと、あの呪物のレンズも持って来た。
波久礼さんのNikomatの様な能力は無いが、まあ何か役には立つ事もあるだろう?
僕は安達さんと出会った事で、そっち側の世界に足を踏み入れる様になった。
そういうのを因果関係と言う。
※ 因果関係 原因とそれによって生じる結果との関係。
きっとまた安達さんの所為で、僕はとんでもない思いをさせられる事だろう。
とにかく僕らの因果の絲(腐れ縁)は、まだまだ切れそうもないようだ。
——そして忘れてはいけないのは、こうして僕の厄災はなんとか波久礼さんのお陰で終わったが、またあの禁足地に無闇に立ち入る者が現れれば、新たな因果の絲が紡がれ始める事になるだろう。
そうならない事を願う。触らぬ神に祟り無しだ。
終わり
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