死ぬまで消えない

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心地の良い月夜のベランダには、酔いを醒ますに十分な冷たい風が満ちている。左手に冷えた缶ビール。右手に古いiPhone。 こんな、くたびれ気味のサラリーマンにとって最高なロケーションの花金の夜、俺の気分は最低であった。 ぼうっと動画を眺めていたはずのiPhoneには、先ほど唐突に現れたエアドロップーー画像共有をワイヤレスで行うシステムの確認画面。 そこに『受け入れる』『辞退』という2つの選択肢と、「高い建物の屋上の縁に立っている誰かの足を、真上から撮った写真」が表示されていた。  ぐ、と力が入って缶がへこみ、ひしゃげて出来た小さな穴から月の色をしたアルコールが零れて落ちた。 写真に写り込んだ遥か下の道路や看板は、今俺がいるベランダの真下のものだ。そしてお行儀よく建物と宙の境目に並んでいた靴には見覚えがある。こんなにも非常識で迷惑極まりないことをやってのける、頭の悪い奴なんて1人しか知らなかった。
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