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 一瞬で、堕ちてしまった。  鼓膜をビリビリ震わせる管楽器のファンファーレ、ホール内で反響して全身を包み込む弦楽器の旋律。  客席でそれらに圧倒され動けなくなっていた貫井(ぬくい)涼香(すずか)の視線の先には、ステージ上のひとり、ヴァイオリンを弾いている青年。  軽やかな指さばきから、しなやかな腕の動き、ミステリアスな色彩を放つ瞳まで、全てが涼香の心を奪う。  最前列、つまりコンサートマスターの彼から紡がれる音が直接、痛いほどに届いている。  涼香は呼吸することさえも忘れ、彼の隣に並ぶ自分を必死に想像してみる。でも、うまくいかない。  大学の入学式、舞台で繰り広げられている大学オーケストラの歓迎演奏を聴き、そしてあの男子学生を見て、涼香は一瞬で堕ちてしまった。  絶望という名の、大きな黒い海の中に。
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