ポケットの中身は僕

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クラスに可愛い女の子がいる。 一目ぼれをした。 勉強はあまりできない所が、また良かった。 どうしても、この手紙を読んで欲しい。 僕の手には、一枚の手紙がある。 だけど、クラスでは目立たない僕のことなんか、 きっと覚えてもいないだろう。 破り捨ててしまおうか。そうしてしまおう。 黒歴史を何も自ら作っていくことはない。 教室で捨てるのはリスキーだ。 家に帰ってからゴミ箱に捨てよう。 僕は、手紙をぐしゃっとポケットにしまって家へと帰った。 部屋に行き、早速ゴミ箱に捨てようとすると、 ゴミ箱にセットしているビニール袋がなくなっていることに気が付いた。 母親が入ってゴミだけ捨ててくれたのだろう。 ありがたいが、勝手に思春期真っ盛りの息子の部屋に入るのは辞めて欲しい。 新しい袋をセットしようと思ったが、 最近マイバッグを持参することが多かったので見当たらない。 親は夜勤なので2人ともいない。 仕方ない。コンビニに買いに行くか。 最近のコンビニは100均コーナーもあるので、 こういう時とても助かる。 田舎の夜道。街灯は少ない。 月明かりをこんなに綺麗に思えるのは久しぶりだ。 歩いて5分。この真っ暗な場所から考えると、 異様とも思えるほど眩しい店が突然現れる。 目的地のコンビニだ。 愉快な音楽とともに店内に入り、 目の前に設置されていた100均コーナーへ向かう。 「あったあった。」 小さな声でそう呟き、袋を手にしてレジへと向かう。 すると、軽快な音楽がまた流れた。 誰か入店したのだと思い、 別に何がある訳でもないが無意識に目線を下へと向けた。 賑やかな話し声。それに若い。 男女ということは、カップルだろうか。 今の自分には、あまりにも縁遠い関係だ。 袋を袋に入れて貰うという若干違和感を覚えるような作業を見ながら、 すぐにレジから立ち去ろうとした。 すると、 「あれ、見たことがる。」 女性の声がした。 方向からして自分に向かって言っているように思えたその言葉に、 思わず目線を上げる。 彼女だ。彼女がいる。 制服ではなく、ラフな格好をしているのはとても新鮮だった。 隣には、イケメンの男性が立っていた。 あぁ、きっと、彼氏だろう。 これが実はお兄さんでした何て漫画みたいなオチ、 きっと僕には待っていない。 「あ、ごめんね。クラス一緒だよね?買い物?」 遠くから見ていただけの彼女が、今目の前で自分に話しかけている。 何故話しかけられているのかも分からない。 どんな感情だったのかも分からない。 それでも、店内の照明が照らす彼女はどうしようにもなく眩しかった。 「あ、はい。」 「そうなんだ!たまにここには来るけど初めて会ったね。」 「は、はい。そうですね。」 何てつまらないキャッチボール。 これではキャッチボールと言うかむしろ空振りしまくりの バッティングセンターだ。 もっと上手い返しが出来たなら、 僕も今隣に立てていただろうか。 空っぽな僕はただ、彼女の光を受け止めるだけの 器を持ち合わせていなかったのだ。 「あ、引きとめてごめんね! じゃあ、また学校でね。」 そう言って、手を振りながら視線を外そうとしたその時。 「月が…月が綺麗ですね。」 何故だか、この言葉が口から出てきた。 自分でも急にこんなことを言われたら若干どころか大分戸惑う。 あぁ、やってしまった。 目の前で熱々に蒸されている中華まんよりも、 今の僕は触れない位に火照っていた。 しかし、彼女は少しだけ目を丸くした後、 外の方へと視線を流し、もう一度僕を見た。 「え?あぁ、そうだね。確かに来るときいつもより明るかったかも? ロマンチックなこと言うんだね。 あんまり話したことないから初めて知ったよ。」 そして、彼女はいつも恋焦がれた笑顔と甘い香りを残して、 彼がいるところへとかわいらしい音を立てながら歩いていく。 失恋をした。 こういう時、彼女が勉強が得意ではないことを知りながら、 ちゃんと好きですと言えない僕は、意気地なしでなんて情けない。 それを象徴する様に、 僕のポケットの中には、まだ手紙が入ったままだった。
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