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僕は発見してしまった。
このいつまでも満たされることのない欲を満たしてくれる存在を。
この訴えてくる音も、
この飢餓感を、
満たしてくれる存在を発見したんだ。
「キラキラしているところを悪いんだけどさ、」と前置きをしてミカちゃんが僕に言った。
ミカちゃんって言うとミカじゃないって怒るけれど、お兄ちゃんと呼ぶにはミカを連呼しすぎて忘れていた。
「トリックオアトリートは10月31日にしか使えない呪文だからね。」ミカちゃんの無情な一言に愕然とした。世紀の発見したものの、効果は1日限りと言うことも発見してしまったのだ。
幼稚園でカボチャのお面を作る時に、先生がハロウィンの話を聞かせてくれたことがすべてのはじまりだった。
「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」と言えば、大人は怖がって、お菓子をたっくさんくれるという夢みたいな話だ。
「じゃあ、ハロウィンの日にたくさんお菓子もらっておこう。」と決めたので、次にすることは、お菓子をもらうためにとびっきり怖い恰好をすることだ。幼稚園児が考える怖いものでは、到底大人を驚かせることはできないだろう。そこで助言を頼んだ。
本物のお化けに。
「で、俺の所に来たんだ。」木の上でダルそうに話を聞くお化けは僕の方を見下げながら言った。
子どもだけでは入ってはいけないとされている山の麓の立ち入り禁止ロープが張られている原っぱでお化けを見たのは先週の日曜日の事だ。ミカちゃんと公園に行こうとした時に、家に忘れ物をしたからってちょっと待っているようにと言われた場所がここだった。鬱蒼とした木の間から声がしてビックリしたけれども興味の方が勝って近づいたら、お化けに出会った。
木の上で気だるそうに空を見上げていた。足はブラブラさせているからあるにはあるんだけれど、人間と言うには覇気がなくて、生気がなくて、とりあえず顔色がめちゃめちゃ悪かった。
「あなた、お化け?」僕はおそるおそる聞いてみた。
「初めて会ったのに、お化けって聞くんだ。聞いちゃうんだ。まあ、いいや、お化けだよ。何かよう?」
これがお化けとのファーストインプレッションだった。
今日もまた、幼稚園からの帰り道でお母さんがコンビニで用事を済ませてくるから待っていてと言われた場所がここだった。。まだロープを超えてはいないからセーフだと思う。ロープを超えたら怒られるけれども、まだ超えてはいない。お化けがいる場所がロープの張ってある山の中にある木の上と言うことだけだ。だからセーフだ。
お化けは、僕よりも背は高いけど、ミカちゃんよりも背が高いけれども、お父さんよりは小さい。子どもなのか、大人なのか分からないけれど、そもそもお化けにはそんな違いは関係ないのだろう。
自分のことを俺って言うから男だと思っていたけれど、それすらも関係ないことだと思う。男とも女ともとれる中性的な顔立ちだったからだ。つまりはとても奇麗だったということだ。
「お菓子が欲しいから、怖くなる方法を教えて欲しい。」と幼稚園児に言われ、前後の繋がりがいまいちピンと来ているのか来ていないのか、うまくやれるのか、やれないのか、お化けはただ木の上で寝そべっていた。
「お菓子たくさんもらえたら少しあげる。」という条件で、お化けは木の上からゆっくりと降りてきた。瑠佳の考えでは、そろっと降りてくる様を想像していたのだが、えっちゃほっちらと幹をつたいながら降りてくる様子に少し期待外れで面白くなかった。
「君が思う、いっちばん怖いことって何?」とお化けが聞いてきた。そう言われて自分にとっての怖いことを考えてみる。食べ物が無くなることは怖い。ミカちゃんやお父さん、お母さんたちがいなくなるのも怖い。幼稚園の友達や先生がいなくなるのも怖い。おやつの時間が無くなることも怖い。
「一番なんて選べないよ。全部怖いもの。」
「全部が怖いのは、君がまだ世界を知るには幼すぎるからだよ。大きくなっていろんなことを知っていけばもっと怖いものが増えていくからね。」
「え、じゃあ、ずっと怖いままなの?それはヤダ。」
「怖いものが、怖くなくなる日もあれば、楽しかったものが楽しくなくなる日もある。ずっと同じなんてことはないんだから。要は自分次第なんだよ。」
「自分で決めるの?」
「そう。」
「僕まだ子どもだけれど決めていいの?」
「子どもも大人も関係ないよ。」
「そんなものなの?」
「そんなものなの。」
「じゃあ、怖いものじゃなくて、楽しいものに変身するよ。」
「そうしなよ。」
「教えてくれてありがとう。お菓子もらったらまた来るね。」
「期待しないで待ってるね。」
その後、コンビニの近くで僕のことを探していたお母さんに怒られながら帰った。
「なにそれ?」夕ご飯が終わってお風呂の用意をしているミカちゃんが僕の方を見て言った。
「お菓子を付けてるの。」
「ゴミ袋に?」
「ゴミ袋じゃないもん。ハロウィンの洋服になるんだから。」
「それって、怖くなるの?」
「楽しくなるの。」
「???」腑に落ちないいった顔でミカちゃんはお風呂に入りに行った。急かされて僕も一緒に入った。
ハロウィンの当日、狼男とか、吸血鬼とか魔女みたいな格好の友達の中で、一人だけお菓子の包み紙で彩られた洋服を着ていたのは僕だけだった。当然、とても目立ったので、とてもたくさんお菓子をもらった。持ちきれないくらいもらってミカちゃんに手伝ってもらってなんとか運んだくらいもらえた。
ミカちゃんと公園に行く途中で、お化けのいる山の麓を通った時だった。用意していたお化けの分のお菓子袋を持っていたので、ミカちゃんと手を繋いだまま立ち入り禁止のロープの所に近づく。
「近づいちゃダメだってば!」とミカちゃんが怒ったけれど、入らなければ怒られないはずなのに、今ミカちゃんに怒られている僕は何なんだろうかと思ってしまった。
力比べでは負けていないので、ミカちゃんを引っ張りながらお化けのいる木を見たが、お化けはいなかった。お化けにも用事があるのかもしれない。僕にだって今から公園に遊びに行くという用事があるように。
「なんもないでしょ、瑠佳!もう行くよ!」と、その場を後にした。
その後、公園には何度も言ったし、お母さんとコンビニにも寄った。けれども、お化けに会うことはもう無かった。
僕も、お化けに会ったことはもしかしたら夢だったのかもしれないと思い始めてきた。
「俺が、この町にいた時にさ。お化けに間違われたことがあるんだよね。」最近始めたバイト先の店長がポツリと言った。
賄い食べ放題につられてバイトに入った古風なカフェ『つなぎ茶房』
ランチタイムの波が一通り凪いで、新葉君が作った賄いを一緒に食べている時だった。その新葉君は早々に食べ終えて昼寝をしている。
「幼稚園児くらいの子がさ、ボッーっとしていた俺を見つけてお化けか?って聞いてきたんだよね。」
パスタをうまくクルクルできずにフォークを空回りさせながら店長は言った。俺の方はと言うと、食事中のマナーにはとても厳しく躾けられているせいか、一口分ずつパスタを巻いて口に運んでいた。
「面白そうだったから、お化けですって答えたら、その子信じたみたいで、冗談って言えなくなっちゃってね。」
麺をひとまとめにして口に突っ込んで話す店長。奇麗な顔してやることが野生的なときが多々ある。
「2回くらい会ったんだけれど、それ以降町を離れることになっちゃってね。」
また空回るフォークをグルグルさせて話を続ける。
「その子、元気かなぁって、何でか瑠佳君の顔を見ていたら思い出しちゃったんだよね。」
「元気ですよ。パスタを上手にクルクル出来るくらいには成長していますから。」
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