それでも君が好き

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 俺には好きな奴がいる。相手はこの全寮制の学園で生徒会長を務めている江藤 隆也(えとう たかや)だ。  ちなみに俺、野宮 浩介(のみや こうすけ)はそれとは対になる風紀委員長を任命されている。  自分は腐っているのだとよく分からないことを言っている友人曰く「風紀と生徒会は対立しているもの」だそうだがこの学園ではその様なことはない。というかあいつに惚れている身としてそれは非常に困る。  今のところあいつとの関係に進展はないがそれは決して悪いものじゃない。  ある意味では悪い状況ではあるんだが。  その意味はいずれ分かるだろうからここで語る必要はないだろ。 「あー。やることやったし寮に帰っか」  今日もいつもと同じように委員長の俺に与えられた仕事を終えたので寮へと帰ることにした。他の委員は既に帰らせているので風紀の執務室から出て風紀委員長に配付されているマスターキーも兼ねているカードキーで戸締まりをする。あとは寮に帰るだけ。  仕事を終えたことによる達成感が俺に安堵の息を吐かせた。それから何となく軽い伸びをして階段へと向かう為に歩を進めた。  生徒会の執務室に差し掛かった時、俺は無意識に足を止めている自分に気付く。理由なんて明白だ。あいつのこと以外にない。  あいつはまだいるのだろうか。既に帰ったのだろうか。気になるなら扉をノックすれば良いんだが気恥ずかしい。扉を叩くことも、ここから動くことも出来ず暫し悩む。 『そんなんだからヘタレって言われるんすよ』  と前に風紀の仲間に言われたことが脳裏を過ぎり眉を顰める。ぁあッ! クソッ。否定できねぇ。そうだよ。俺はヘタレだよ。ヘタレで悪ィかよ。  そんな風に心の中で悪態を吐いてると生徒会執務室の扉が開いて江藤が出て来た。だが近くにいる俺には気付いてない様子だ。  これだけ近い距離にいるんだから気付いてくれても良いと思うんだが。もしかすると江藤にとって俺という人間は影が薄いんじゃないかと少しだけ落ち込む。  気付いてくれ、と念を送りつつ江藤を見ているとさっきの俺のように施錠をする為か扉へと向き直ろうとした。  そんな中であいつの黒褐色の双眸が漸く俺を捉えてくれた。俺の方が背が高い為に江藤は自然と上目になる。それだけで鼓動が速くなるのを感じた。  ――やべぇ。可愛い。  可愛いとは言ってもそれは俺から見て、だ。江藤は俺より身長が低いとは言っても175センチは越えていたはずだ。  それと単純に顔だけを捉えても判断する側の美的感覚が狂っていない限りは『イケメン』と言われる顔立ちをしている。  だけれど俺には江藤がどうしようもなく可愛く見えて困る。俺の中では抱きたいランキング1位に輝いてるんだ。というか上位から最下位まで全て江藤しかいない。それくらい江藤は可愛い。  ああ、そうだよ、恋は盲目だよ、こん畜生。江藤しか見えねぇんだから仕方ないだろ。  仕事を終えた時間が重なったのは全くの偶然だ。それによる驚きや江藤が近くにいることによる緊張、そして、待ち伏せしていたわけでもないのに無意識にそうしていたのではないかという気恥ずかしさから言葉を発するのが少しだけ遅れてしまった。 「あ、と……その、江藤もこれから、帰る、ところか?」  くそ。未だに苗字で呼ぶことしか出来ない自分が歯痒い。前に何度か名前で呼ぼうと試みたことはあるが照れのせいでまともに呼べたことがない。 「おー。野宮も帰りかー。……ん。一緒に帰るか?」  可愛すぎるだろ! 『……ん』ってなんだ!! 『……ん』って!! ヤバイだろ! 最後の『帰るか?』で小首を傾げたところとかもう反則だろ!  この可愛さを目に焼き付ける為にガン見していたらあることに気が付いた。 「お前、疲れてるんじゃねぇのか? 俺もなんか知んねぇけど最近、寝苦しいんだよな。気温が低いのか部屋が寒ぃし、本格的に体調崩す前に保健医のところにでも顔出しとけよ? あれでもまあ、頼りにはなるし」  江藤の顔に少しだけ疲れの色が見えて心配になる。江藤は真面目だし、頑張り屋だからな。 「あー……うん。まあ、憑かれてるんだろうな。いつも同じお婆さんでさ。つかあの保健医ってこういう場合でも頼りになるのか。初耳。覚えとく」  ん? 今、なんか全寮制の高校で聞くことのない言葉が聞こえなかったか? 「……同じ、おばあ、さん?」  落ち着け。落ち着けよ、俺。  違う。違うから。  江藤の言う「つかれてる」は決して「憑かれてる」なんかじゃない。こういう場合ってのは、ほら、体調が悪いならやっぱ保険医だろ。なにもおかしくない。  同じお婆さん……に関しては、あ、そうだ。毎晩、同じお婆さんから間違い電話が掛かって来て、江藤は優しいからその相手をして、そのお婆さんと遅くまで話していて疲れてるだけなんだ。  お婆さんは江藤を気に入って、それで毎晩、江藤に電話を、そう、電話を……。 「なんかさ。最近、知らないお婆さんが俺の部屋にいるんだよな。特に夜中になると気が付いたら掛け布団越しに俺の腹の上に座ってるんだよ。それで俺のことじっと見てるんだよな」 「っ……」  やっぱそっちの『憑かれてる』かよ! 分かってた! 分かってたけど!! 現実逃避したかったんだよ! 江藤の前でビビるとか無様な真似は晒したくなかったんだよ! 「学校にまではついて来ないけど部屋に戻ったらいつもいるんだよな。野宮は大丈夫なのか?」 「うぇ? 大丈夫って何が……」  そういえば俺、さっき言ったな。最近、寝苦しいって。部屋が寒いって。ちなみに俺の部屋は江藤の隣だ。嫌な予感がする。 「時々壁をすり抜けてお前の部屋に行ってるみ、」  ヒッ!? 声にならない悲鳴が出そうになるが耐える。江藤の前だ、江藤の前、好きな奴の前だ。抱きたいって思ってる奴の前だ。ビビってる姿なんて見せるな、見せるなよ、俺。そう自分に言い聞かせる。  つか、部屋に、俺の部屋に来てる? どうしよう。もう、電気消して寝れねぇ。いや、でも、明るい中、そのお婆さんが俺の腹の上に座ってるって想像するのも嫌じゃねぇか?  部屋が寒く感じたら、いるってことだろ? 寝苦しいってことは俺の上に座ってるってことだろ? それで、俺のことをじっと、じっと――。 「あ、ああ、でも、俺の部屋に来てるってことは、その時は江藤の部屋にはいないってことだから、少しは寝やすくなってるんじゃねぇか?」  そうだ。プラスに考えろ。 「確かにそうかも。んー、でも、野宮って怖いのとか苦手な方だろ? だから、いつも気になってて。心配なんだよ」  ビビりなのバレてた!? でも、心配……江藤が、俺を心配……あ、なんか、嬉しくなってきた。  いや、実際、怖ぇよ? でも、俺の部屋へとすり抜けていくお婆さんを見るたびに『大丈夫かな?』って江藤が心配してくれてるって思うと、なんか、こう、いいな。  俺の部屋が寒くなるたびに江藤が心配してくれてるってことだろ。お婆さんに少しだけ感謝したくなってきた。  ――それに。 「お、俺は、そのお婆さんが俺の部屋に来ることで江藤が安眠できるんなら、それでいい」  怖ぇけど。すげぇ怖ぇけど。これは本音だ。 「なにそれ、かっこいい」  かっこいい。かっこいい。かっこいい。 「野宮、ありがと。あ、そだ。それでもさ。もし、怖かったら、俺の部屋に来たらいーよ。一緒に寝たら少しは怖さも紛れるだろ」 「へぁ!? そ、そそそ、そうだな!! 無理ってなったらそうさせてもらうわ!!」  無理!! 江藤と一緒に寝るとか無理!! 寝てぇけど! 無理!! 心臓がもたねぇ!!! つか色々やべぇことになる!! 主に下半身がやべぇことになる!! なんなら今、一緒に寝てるとこ想像しただけで反応しそうになってるから!!   江藤に変態野郎とか思われたくねぇ!!! なので俺が江藤の部屋に行くことはないだろうが、でも、その気持ちは嬉しい。  そんなことを話しながら歩いていると寮の部屋の前までやってきた。 「じゃ、野宮。また明日な。保健医のことも教えてくれてありがと。近いうちに行ってみる」  保健医? あ、江藤、勘違いしてる。疲れてることに対応はしてくれても、さすがに憑かれてるのは専門外だと思うぞ、江藤。だが、それを伝える前に江藤は自分の部屋へと入っていった。  保健医、会話が噛み合わなくて困惑するだろうな。疲れてるんじゃなくて憑かれてるんだから。  江藤にも、保健医にも申し訳なく思いながら俺も自分の部屋の鍵を開けた。  ………………寒ぃ。外とは体感温度が違う。ってことは――色々と怖い想像をしてしまいそうになるのを頭を振って遮断する。気持ちを切り替える。  俺はビビりだ。怖いもんは嫌だ。幽霊とかクソ怖ぇ。  でも、それでも、江藤が好きだ。  だから、俺は一歩、踏み出す。  そして、語りかける。 「お、お婆さん、いるんだろ? お、俺の部屋にいたかったら、ずっといても、いいからな。と、隣の江藤の部屋よりも、俺の部屋のが住み心地はいいぞ」  俺の声が届いてるかは分からない。  ただ、とりあえず部屋はまだ寒い。  好きな奴の為なら霊なんていくらでも受け入れてやる。  そんな決意を胸に秘めながらも、俺の手はスマホで無意識に『お祓い』とか『除霊』とか『盛り塩』という単語で次々に検索をしていた。  ヘタレで悪ぃか!
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