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しばらくバスに揺られていた。ふと、優先座席に座った白髪の老婆と目が合った。なんとなく目つきが悪くて、関わりたくないな、と思ったちょうどその時。不幸にもその人が私の方を睨んで口を開いた。
「あんた、傘が邪魔なのよ!」
あ、
家を出る直前に、母に言われて持ってきた傘。今は曇りだが、どうやら今日は午後から雨が降るらしい。
その傘を腕にかけて持っていたはずが、ちょうど先の部分がこの人の足に当たっていた。
「すみません」
慌てて傘を持ち直し、近くの手すりにかける。
「邪魔にならないように持ってちょうだい。人多いんだから!」
「……すみません」
人が多いのは誰にだってわかることだろう。しかも実際私も、今そこのスーツのオッサンが持っている傘が足に突き刺さっているのだ。窮屈でなのは自分だけじゃないってこと、普通考えて分かるでしょ?心狭すぎ。そう思いながら気づかれない程度に老婆を睨み返す。いやこれ、どう頑張っても誰の邪魔にもならないように傘を持つなんて不可能じゃん?
と言ってやろうかと思ったが、何しろ満員のバスで、この老婆の機嫌をこれ以上損ねるわけにはいかないから、じっと黙っておく。
幸先悪い一日のスタートだ、
いや、寝坊した時点で幸先は悪かった。
まあそういう日もある、と自分を納得させようとした。
思ったよりも早く学校に着いた。満員のバスにしてはあまり遅れてなかったようだ。
運転手に元気よく「ありがとうございましたー」と言ってバスを降りる。あとは学校までの道を体育会のリレーの如く走り抜けるだけだ。早く着いたとは言え、時間がない状況には変わりはないし、実際周りにも同じ学校の人は少ない。ここで油断したら負けだ。
腕と足を全力で動かす。川沿いをしばらく進んで、大通りまで出たら川と反対側に右折、そこからちょっと行ったところに門がある。とりあえず遅刻回避にはすでに成功したと言っていいと思う。
門を潜ったところで、授業五分前の予鈴が鳴った。
と、ここで同じく階段を猛ダッシュしている背中を見つける。この人は私のクラスメイトで幼馴染の神門颯。しかも遅刻常習犯。
なんとしてもあいつより早く教室に入ってやる!
しかし、その願いも虚しく。中学時代から現在までサッカー部所属の男子高校生に私が勝てるわけもなかった。私が教室に飛び込んだその時には、颯は早くも席について、悠々とカバンから教科書を取り出しながら、いかにもかなり前から来てました感を装っていた。でも普通に息が上がっているのは誰が見てもわかる。
「あー織田さん遅刻ー」
「じゃないし!まだチャイム鳴ってないじゃん!」
と言った瞬間、チャイムが鳴る。一時間目の歴史の先生が教室に入ってきた。
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