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何のことかわからないが、絵麻は必死に頷き返した。だって一生のお願いでもしなければ、どう考えたって助からない。不思議な力で引っ張り出される魂を、押さえ込むのも限界だ。
焦る絵麻を傍らに、蝶は落ち着き払っている。しばらく手帳とスマートフォンを見比べていた蝶は、困った顔で……それでも笑った。
「──残念。テナントに空きがありません」
それは最後通告だった。
蝶は微笑みだけは絶やさず、しかし無慈悲に絵麻の手を取り上げる。その瞬間、泣き叫ぶ口から魂が零れ落ちた。糸の切れた人形のように、絵麻の身体が萎れる。
入れ替わりに、万里の右手に守られていた小さな火の玉が、開きっぱなしの絵麻の口に滑り込んだ。
意識を取り戻した絵麻は、忙しなく視線を右に左にと彷徨わせ、店内をあちこち駆け回った。
魂が身体に馴染めば、だんだんと落ち着くはずだと万里は言いながら、床の上で震えている火の玉を掬い上げた。
「ごめんね、可哀想だけど、生き物を傷つけたヒトの味方はしたくないんだ。だけど君が本当に反省する気なら、僕はその手助けをしてあげる」
透明な筺の中で、餌を食んでいるムース役のハムスターに万里は手を翳す。
「ちょっと窮屈かもしれないけど、カプセルに比べたら自由だよね。そこで小さな生き物の気持ちを体験してみるといいよ」
火の玉を吸い込んで、少しの間ハムスターは茫……としていた。
やがて壁伝いに立ち上がり、その小さきものは蝶を見上げた。しきりに口を鳴らすが、訴えは届かない。
「店舗に空きが出たら真っ先に教えて差し上げましょう。それまでたくさんの情念を募らせておいてください」
蝶はハムスターの入った筺と、絵麻の手を引き店を出た。
「それまでに、この……ムースさんの寿命が尽きないことを願うばかりです」
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