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フウウウウウウ……──長く、粘ついた息が異形の口から漏れ出た。
『薄いねぇ。肚は満たされるけど、これじゃあ味が薄すぎるよ。おや……?』
手足に比べて異様に小さな頭が、蝶の方へ向けられる。
『お前、いいね。肚に極上の情念が渦巻いてるじゃないか』
随分離れた所にいたはずなのに、その黒い生き物は手足をニ、三度掻いただけで、蝶の傍らにやって来た。
ぬらつく長い舌を、もはや脈の振れない蝶の首に這わせ、異形はけたけたと笑う。
『憎しみか? 悲しいのか? いいや、憤怒か。お前の肚の中で情念がごった煮になっているよ。美味そうだ』
その異形は闇の中より這い出でて、人の世に生まれる情念を食うのだという。
「後生です……」
『死にかけてるよ。お前もう死ぬよ? それなのに何を願うんだい』
「あのひとに……会わせて」
『おお、それは恋慕だね。いいね、さらに味がついたよ。辛抱たまらん。お前の情念、食わせておくれ!』
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