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目の前に立っていた人は、なぜかレインコートを身に纏っていた。そのフードには、くたっと垂れたうさぎの耳がついている。前髪が長めで顔がよく見えない。だけど口元は笑っている。 私はなにも言えずに固まってしまう。何しろ、こんな日常とはかけ離れたシチュエーションに出くわしてしまったから。 「わざわざ立ち止まって見てくれるなんてねー。マジで光栄!」 その人は片手をフードのうさ耳あたりに持っていき、ちょっと首を傾ける。可愛いというべきなのか。そんな奇妙な状況に、私の思考は今度こそ完全にフリーズした。 「よかったら中も見てってよー」 そう言ってこの人が指さしたのは、その通路の奥、隣のビルの入り口のすぐ近くにあるドアだった。木製のアンティークなデザインで、ドアにある小窓から柔らかな光が漏れていた。そして上から吊らされた看板には、「喫茶・写真館」と書かれている。 「どっちなんですか……」 思わず心の声が出てしまった。こんなときなのに。 この人は少し笑ってこう言う。 「まあ両方兼ねてる的な?喫茶店の方は副業って感じで。まあ喫茶店の名前が『写真館』ってところかなー。……あれ、余計ややこしい?」 「ははは……そうですね」 もう愛想笑いするしかない。 「それで、どう?まあ一回、来てみてよ。マジでお客さんいなくて暇で暇で……」 やっぱりこの人、ちょっとヤバい人かもしれない。「知らない人について行ってはいけない」というのは小学校の頃からずっと言われてきたことだけど、それの有効期限ってある? まいっか。私もう高1だし。何かあった時の責任は自分にあると思うことにした。そんなわけで私はこの人に連れられて喫茶店に入った。 店内は驚くほど狭い。カウンター席が三、四席、テーブル席が二つほどしかない。壁には一面、写真が貼られている。店内の奥にはすりガラスの窓が一つあって、今は半分ほど開けられていた。私は一番奥の窓辺のカウンター席に着いた。窓からは見下ろす形でこの駅の大きなホームが見えた。面白い角度だ。 せっかくだから何か注文しよう。メニューを見た感じそこまで値段も高くなさそうだし。 「ホットカフェオレお願いします」 「え、注文してくれるの?ありがとうー!」 こんなオーダーの受け方は初めてだ。私は窓の外を見る。この人にも、闇はない。私は小さく息を吐いた。それから振り返って壁を見渡す。最初に目に留まったのは、どこかの田舎の風景。ベンチに座ってイヌと戯れている老人。 「はい、お待たせいたしましたカフェオレでーす」 しばらくして、目の前に、一つのカップが置かれる。 「あ、そうだ名前聞いていい?」
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