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そう叫ぶと、綾香の表情が歪んだように見えた。ここでやっと悩みを吐いてくれるのかと思ったけど、違った。 「菜弥美って……馬鹿なの?」 「え?」 今まで聞いたことのないくらい、冷たく胸に刺さる声だった。 「誰にだって言いたくないことってあるの!そんなこともわからないの?」 「……っだって……」 綾香の闇を消せるのは私だけだと思ったから。 綾香の闇の存在に気づいているのが、私だけだと思ったから。 でもそれ全部、勘違いだったってこと? 「菜弥美にはわからないのよ!」 放課後の教室に、綾香の声が響いた。 「もういい……もう知らない!」 あれ以来、綾香とは一度も話さないまま卒業した。三年生になってクラスが離れて、会って話す機会はなくなった。廊下ですれ違っても目を逸らし続けた。 結局、綾香の闇は最後まで消えなかった。原因はなんだったのか、私は知らない。 だけどそれ以来、自分のチカラが怖くて仕方がなくなって、もう自分を閉ざして生きていこうと決めた。 私は近所の公立高校へ、彼女は多分、隣町の私立高校へ進んだ。 だけど後悔はない。 あの子とは縁を切ったんだから。 「ねえ」 「……」 バスに乗って流れる景色を見ていると、隣にいた三つ編みの子が話しかけてきた。もしかしてしばらく返事できていなかったのかも。その子の声がちょっとだけキツく聞こえた。 「同じクラスだよね?」 「あ、……うん」 「やっぱそうだよね!これからよろしくね!」 「うん……よろしく」 上手く喋れない。 去年一年間、そういえばほとんど誰とも喋ってなかったかも。 闇を持った人と関わるのを避けていたら、自然と他の人からも敬遠されるようになっていた。 だけど、苦にはならなかった。 元から一人でいることもそこまで嫌いじゃなかったし。 それからバスに乗っている間、その子が私に話しかけてくることはなかった。私も何も言わなかった。この子と関わることはもうないだろうなと思った。 バスを降りて、その気まずさからは解放された。 道の途中でその子の友達が現れて、一緒に登校し始めたから。私はその二人の後ろをゆっくりと追いかける形で通学路を歩く。 「そういえばさ、今日自己紹介あるよね」 「うん、なんか昨日先生言ってたよね!どうしよう、なんて言おう……」 「私ちょっと考えてきたんだ!」 前の二人がこんな会話をしていた。 うわ、どうしよう。 自己紹介……忘れてた。何も考えてない。 そんな心配と、これからの学校生活の漠然とした不安に頭が痛む。 門の前の桜は、昨日の雨でほとんど散っていた。
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