シーン1

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 林が途切れて、沼縁の斜面が見えてくる。斜面を登るしかなく、躊躇わず、斜面に生える木の枝を掴んだ。  木の枝や木の幹に掴まりながら斜面を登っていく。斜面を登るにつれ、濡れた着物が子供が体にへばりついているように重く感じる。こんな着物、脱いでしまいたいという感情が胸に迫ってくる。雨の中で着物が着崩れてしまうほど、死に物狂いで公道を目指していた。  夕闇に慣れた目に、ようやく人工物が見えてきた。あと少し、と必死で崖を登り、ガードレールに辿り着く。これを乗り越えれば公道に出られる。公道を辿れば、少なくとも人のいる場所に行けるはずだ。  躊躇なく、ガードレールを乗り越えて公道に出た。  カッと右方に光が生じたのは一瞬のことだった。  ブレーキ音と、鈍い衝突音。何もかもがゆっくりと視界に入る。体が宙を飛んでいる。何分もそうして浮いているような感覚に陥った。  次の瞬間、頭が割れるように痛み、火が生じるような熱が体を包み込んだ。激痛が炎に焼かれるように全身に走る。指一本動かせず、半眼の瞳に何かが垂れてくるのを拭えない。激しい頭痛に目がくらんでいる。胸が苦しい。息ができない。痛い、痛い、痛い……。
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